子音 / n /
色々な発音解説書を見てきましたが、どれも一様に「Rの発音」あたりにスポットを当てている反面、/ n /について注意を促しているものが滅多に見当たりません。音そのものは「な行」子音と変わらないので誰にでも簡単に出せるのですが、特に単語の末尾に来る / n / をローマ字的に日本語の「ん」で置き換えている人が非常に多くいます。もし / n / が「ん」なら、naというローマ字が「な」と読める理由がありません。
かなり英語が上手な人の発音であっても目をつぶって聞いていて「日本人の発音だな」と感じさせるのは、この /n/ が上手に出せているかが1つのポイントになります「 pen 」や「 man 」のような簡単な単語でも「ペン」、「マン」というカタカナ風の「ン」で代用している人が多くそれは /n/ ではなく /ŋ/ という記号で表される音です。英語のスペルとしては「 -ng 」が使われるところですから、「ペン」は「peng」、「マン」は「mang」というスペルを読んでいるように聞こえるのです。
英語の /n/ は単語のどの位置に現れる場合でも発音の仕方は常に同じで、舌先を上歯茎、上の歯の付け根あたりにしっかりと押し付けることで口から出る声をせきとめ、それが鼻に抜けるときの響きの音です。「なにぬねの」を非常にゆっくり、粘った感じで発音してみてください。「んな、んに、んぬ、んね、んの」というふうにです。このとき自分の舌先が上歯茎にしっかり押し付けられているのが分かりますね。その「接触状態」こそが /n/ なのです。接触しないで出す音は /n/ ではありません。
「 a book 」というときは「 a 」を使うのに、「 an apple 」では「 an 」になることをご存知ですね。なぜでしょう?
そういうふうに「ルールで決まっている」から?いいえ、そんな人為的な決まりごとに従っているわけではありません。
古い英語では、まず最初に「 an 」という単語があり、これが「1つの」という意味を持っていました。言うなれば、その当時は「 book 」の前でも「 an book 」だったわけです。まだ「冠詞」という文法的な働きがはっきりしていない大昔のことですが、やがて「1つ」という数字の意味を明確に伝える単語とし「 one 」に変化し、その逆に「数が1つであることはあまり強調せず、ほぼ機械的に単数の名詞につく冠詞」としての an に分かれました。そしてさらに「 an 」の発音が弱まって語尾の「 -n 」が脱落し「 a 」が生まれたという歴史があります。
「 an + pen 」のように次に子音が続くときは「 -n 」が脱落してしまいましたが、「 apple 」や「 orange 」のように母音で始まる単語が追いかけるときは、an の末尾の /n/ の音を出すとき舌先が上歯茎についた状態から母音を出すことで自然と「な行」のような音になり(これを音の連結といいます)、nが脱落しない方が、かえって読みやすいため、そのまま古い形の「an」が生き残ったわけです。英語では母音で終わる単語をまた母音で始まる単語が追いかける「母音衝突」を発音しにくいと感じるため、間に子音が挟まっていた方が読みやすいんですね。
このよう「 an apple 」で「 an 」が使われるのは「特別」なのではなく、むしろそれがもともとだったのです。an の -nを脱落させる理由がないため、そのままの形として生き残ったというのが正しい理由です。
日本語風に「an」を「アン」と読んでいると「あんあっぷる」と発音することになんの抵抗もないでしょう。しかし英語本来の / n /を発音していると、自然と次の母音と音がつながってしまうものなのです。(よほど意識的にゆっくり区切って読まない限りは。)pineapple にしても「パイン・アップル」というより「パイナップル」といいいますよね。
/ n / を含む単語の練習:
• need
/ níːd / 必要とする • net
/ nét / 網;ネット • knot
/ nɑ́ːt , nɒ́t / 結び目 • pin
/ pín / ピン • pen
/ pén / ペン • ten
/ tén / 10;10の • one
/ wʌ́n / 1;1つの
注意:
• 特に /n/ で終わる単語の発音に注意しましょう。語尾の発音を日本語の「ん」にせず、しっかりと舌先を上歯茎に押し付けた状態で発音が完了します。「ぬ」を言いかけて母音を言わずに途中で止めたような響きとなります。
/ n / で終わる語を母音で始まる他の語が追いかける例:
• an apple / ənǽpl /
• in it / ínɪt /
• on it / ɑ́ːnɪt , ɒ́nɪt /
• when I was young / w(h)enàɪ wəz jʌ́ŋ /
注意:
• / n /の箇所ではしっかりと舌先を上歯茎につけ、次の母音と音の連結を起こしてください。連結箇所が分かりやすいように上の発音記号はわざと / n + 母音 / のところに隙間を開けずに書いてありま す。
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参考:日本語の「ん」について
英語の / n / を日本語の「ん」としてはいけないことについては既にお話しました。ここで英語から少し離れて「日本語」についても考えて見ることにしましょう。英語の発音学習を通じて今まで気づかなかった日本語の問題についても意識を向けてみるのも「英語学習の意義」の1つだからです。
日本人は「ん」という1つの平仮名で、実はかなり多くの種類の音を表現しています。日本語の「ん」が何通りの音を表しているかについては、多くの意見があり中には10通りもの音を表しているという説さえありますが、日本語音声学の専門家でもない限り、あまり細かすぎる分類をする必要もないと思いますので、ごく大雑把に「4種類」の音に分けてみましょう。
(1)/ m /の音を表す「ん」
辛抱(しんぼう)
販売(はんばい)
混迷(こんめい)
反発(はんぱつ)
この「ん」は次に「上下の唇を閉じなければ発音できない音」が続くときのものです。平仮名で書いた1文字1文字を区切って読むのではなく、自然な速度で読み上げたときは、次の発音の準備をしようとしますので、 /p/b/ と /m/ の直前の「ん」はすでに唇を閉じて発音されます。つまり /m/ の音を出しているわけです。
(2)/ n / の音を表す「ん」
反対(はんたい)
判断(はんだん)
犯人(はんにん)
関知(かんち)
肝心(かんじん)
これらは次に来る音が/ t/d /や/ n /のとき、つまり「舌先を上歯茎に当てて声や息をせき止めるタイプの音が追いかけるときのものです。これもまたその音の発音準備の構えとして「ん」ですでに舌先が上歯茎に当てられますので、英語の/ n /と同じ音を出しています。
上歯茎に舌先が当たる音として「ら行」子音が続く場合もありますが、/ t/d, n /と違って「ら行」子音は声をせき止めません。歯茎に触れた舌の両側から出て行くことができるので/ n /の音とはまた違うのですが、「舌先を上歯茎につける『ん』」ということで第2のグループに入れておきます。
判例(はんれい)
管理(かんり)
婚礼(こんれい)
貫禄(かんろく)
(3)/ ŋ /の音を表す「ん」
暗記(あんき)
今回(こんかい)
半額(はんがく)
歓迎(かんげい)
これは /k/g/ の直前に現れる「ん」です。(1)(2)同様あとに続く音を出す準備として自然に /ŋ/ という舌の付け根あたりが軟口蓋に接触し、口からは声が出ない形をつくります。
(4)日本語特有の「ん」
範囲(はんい)
恋愛(れんあい)
本屋(ほんや)
婚約(こんやく)
山陽(さんよう)
これらは英語にない日本語特有の「ん」であるため、英語話者はこのような例の単語の発音で苦労します。英語話者は「n」と書いてあれば舌先を上歯茎につけますので、その後に母音や半母音「y」の音が追いかければ無意識に「音の連結」を起こしてしまうため、「婚約」は「こんにゃく」になってしまいます。
ローマ字では、「 n 」が次の母音と組み合わさった「ナ行」ではないことを示すために「 han’i, ren’ai, hon’ya, kon’yaku, san’yo 」と表記しますが、そのように書いてあっても、この種の「ん」の音が英語にはないので英語話者には正しく発音できません。
次に母音や半母音「y」が来るときの「ん」は極めて母音的性格を持っており、だからこそ次の母音の子音にならず互いに独立したまま発音されます。
なお日本語特有の「ん」としては、文末の「ん」があります。これは「母音の前の『ん』」と極めて似ており、後に全く何の音も続かないときの「ん」であっても英語の/ n /のように舌先は上歯茎に接触しません。
本(ほん)
缶(かん)
金(きん)
損(そん)
ただしこれらの語が文中に用いられ「本が」になれば「ほん」は「hoŋ」と発音されますし、「損をした」なら「母音直前の『ん』」と同じになります。
(5)その他の「ん」
基本理解としては上記4通りに大雑把に分けるだけでも十分かと思うのですが、さらに次のような場合を追加する意見もあります。
(a)「 ん」の前の母音が鼻母音化する場合
これは「安易(あんい)」などで「ん」そのものが発音されているというより「あ」という母音が鼻母音に変化した様子を「あん」という表記で表しているという考え方です
。
(b) / ɲ / という特殊記号で表される「硬口蓋鼻音」
これは直後に / ç / 音つまり「ひゃ行」音が来るときの「ん」だそうです。
修繕費(しゅうぜんひ)
批判票(ひはんひょう)
日本語の「は行」子音のうち「へ、ほ」のみが英語の/ h /であり、「は、ひ、ふ」の子音は / x,ç, ɸ / という英語には含まれない、従って英語の発音記号では表現できない音です。その「ひゃ行」の子音は舌の中央部分あたりが上顎の手で触って硬い部分(硬口蓋)に接近して発音されるため、その直前の「ん」は発音準備のため、同じ位置に舌が持ち上がります。他の「ん」とは確かに位置が異なるため、これを1つの種類として分類する考え方があります。
このように日本語の「ん」は厳密には実に様々な音の出し方をしているのです。同じ「ん」であっても、前後の音の並びによって多くの「異音」を持っているわけですね。しかし日本人にとってはどれも「ん」だと聞こえているのです。
日本人にとっては「同じ『ん』」であっても他の言語話者には別々の音であったりもしますので、こうして冷静に「音そのもの」を考えて見ることは英語に限らず外国語の発音習得に必ず役立ちます。
英語話者にとって日本語の「ん」の習得はなかなか大変なようです。まず英語の発音習慣の中で「音節」の区切り方が日本語と違うため、「ん」を一拍として発音する感覚がなく、「こんにちは (ko-n-ni-chi-wa)」の第1音節の母音に「ん」の「 n 」が吸着してしまうため、「こんにちは」が5拍ではなく4拍のリズム( kon-it-chi-wa )になってしまいます。「こん『に』ちは」の「に」に強勢を置いて発音してしまうため、次の「ち」の発音準備として「 t 音」までを「に」が吸着します。
日本人が日本語の発音習慣からなかなか脱却できないのと同様、英語話者たちも日本語特有の発音には苦労するものなのです。
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