語彙力強化法

 この章の本節については、電子書籍・第4巻「語彙力増強法」として現在執筆中です。本編の内容サンプルは、こちらにてご覧いただけます。

★この章の内容

 「どうすれば多くの英単語を効率的に覚えることができるか?
 これはあちこちの質疑掲示板で多くの学習者から最も頻繁に寄せられる質問の1つと言えるでしょう。そしてある回答者は「ひたすら何回も書くことだ」と言い、ある人は「こまめに辞書を引け」と言い、またある人は「例文ごと覚えるのがよい」とアドバイスしたりもします。そのどれも間違ってはいないのですが、もっと根本的で包括的な観点から単語学習を考えていきたいと思います。

 一口に英単語を覚えるといっても、学習者のレベルによって取り組み方は段階的に異なってきます。中学1年などほとんど予備知識のない人が白紙に近い状態から基礎語彙を身につけていくための方法、一定の語彙が身についてからそれを大幅に拡大する方法、さらには大学受験レベルを突破できる5千語レベルをすでに習得している大学生上級から現役教員や高度なビジネスレベルでの語彙力を備えるための方法と、基礎からのステップを着実に踏まえながら、最終的には数万という単位の英単語を単なる暗記としてではなく、「自分自身の言葉の一部」とできるための方法を詳細に解説し、同時に適宜練習問題を含めて、実際に英単語が身についていく実感を得ていただきます。

 初心者の人はもちろん、すでに上級レベルにあると自負する学習者の皆様も、必ず構成の順序に従って学習を進めてください。数年に渡る構想期間を経て執筆されるこの章は、極めて緻密な構成になっていますので、現在のご自身のレベルに関係なく「最も初歩的」なところから1つ1つ丁寧に確認する気持ちで取り組んでいただければと思います。

 このサイト全体の構成として「英語学習全般」が最も最初にあり、次に「発音」、「文法」と続き、それからこの「語彙力増強法」となっているわけですが、「文法」は折に触れて復習する形でも構いませんが、最低限、「英語学習全般」と「発音」の2つの章はしっかりと学習を終えてから、本章に入ってください。学習の方向性が正しく定まっていないと本章の効果は半減します。

 本章は「英単語を学ぶ」とはどういうことなのかという、一見いまさら言われるまでもないようで、ほとんどの英語学習者が正しく理解していないことについてまず明確にし、様々な余談や雑学的内容も含めながら、楽しく平易に学べるように工夫します。いたるところで学習方法についての細かい指示が出されますが、これを忠実に守ってください。市販の単語帳を眺めるような暗記学習とは根本的に異なりますので、「正しい取り組み方」を行っていただく必要があります。著者はサイトや電子書籍のページを通じて「やり方」をお伝えすることができますが、それを実際に行うのは読者の皆様です。そして「実際に行動を取る」ことでしか、本章の効果を引き出すことはできません。スポーツコーチの話にいくら耳を傾けても、「練習・訓練を実際に行う」ことでしか、その技能は身につかないことを忘れないでください。

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単語を覚えるとは?

 まずご自身が今まで英単語を覚えるために何をしてきたかを振り返ってください。そして「どうなることが英単語を覚えたことになる」と自分で考えてきたのかを思い出しましょう。そもそも、この時点での認識の違いが「英単語を身につけられる」ような学び方をしているかどうかの分岐点となるのです。そしてまた「効率的に英単語を覚えたい」と口では言いつつ、最も効率の悪い方法を取ってきたのかのかも知れないのです。

 もしあなたが、教科書の英文を「和訳する」ことだけを目的にしていたとしたら、1つの英単語について、教科書の文で用いられている「和訳例」の1つを知ることで満足していたかも知れません。そして実際に極めて多くの英語学習者は、この過ちを犯しています。それは「英単語」を学んでいるのではなく、無意味な記号に1つの日本語を対応させ、無条件に暗記するという「外国語学習」でも何でもない無駄な作業なのです。あなたが教員であるならば、そのような時間の無駄にしかすぎない作業に学習者を追い込むようなことは決してしないでください。学習者の英語に対する取り組み方の姿勢は、多くの場合、授業の進め方への対応であり、「どういう準備をすれば目の前の授業やテストを無事に通過できるか」といいう目先の、しかし学習者にしてみれば切実な事情を背景として方向性が決まってしまうものです。

 英文の和訳は、英文理解を証明する1つの手段として多くの教員が生徒に求めていますが、「和訳できること」が必ずしも英文理解を反映していないことがあります。逆に言えば「うまく和訳できないけれど英文そのものは分かる」ことだってあるのです。英語を英語のまま理解することは決して難しいことではないのですが、文法構造や表現習慣の異なる英語を自然でこなれた言い回しの日本語の文に「変換」する作業は、大変難しいものなのです。それは「単語の置き換え」でできるものではないのですが、安直な「直訳」をすることが英語学習だと履き違えてしまうと、読み方も分からない英文を、自分でも意味の理解できない不思議な日本語に置き換えて和訳できた、英文を理解できたと思い込んでしまうことさえあります。

 しばしば見かける質疑応答掲示板での英文和訳依頼の質問で、回答者が英語をわかっておらず、web翻訳のようなものにかけた結果を内容チェックさえせず丸投げしている答えをよく見かけます。そして質問者はその意味不明な和訳(?)をありがたくベストアンサーにしていたりもするのです。日ごろまったく英語の勉強をしていない質問者は、明日の授業の発表でとりあえず日本語(らしきもの)に書き換えられた結果さえ得られれば危機は去ったと思うのでしょうか。そのような間違った取り組み、永遠に英語の実用技能が身につかない取り組みを学習者にさせてしまっているのは、教員の指導方針、試験問題の出題傾向などに大きな責任があるということに気づいていただきいのです。
 「英語学習そのもの」への取り組み方の認識、姿勢が何よりも根本的な重要課題であるという観点から、本サイトでも「英語学習全般」の章を最初に置き、この章の冒頭でもそれをとばさないでいただきたいとお願いしました。

 英語を実技として習得することを目指す意識が持てたならば、次に「英単語を覚える」とはどうなることを目指すことなのかを理解しましょう。また英単語が身についていくプロセスにはどういうことが含まれるのかを知っていただきたいと思います。

 「英単語を覚える」とは、その単語が「使える」ようになることです。「使える」とは「読める(正しく発音できる)」ことから始まり、相手の言葉の中にその単語が含まれていたときにどのような意味で用いられてるかを理解し、文脈・前後関係に応じて適切な意味を感じ取り、さらには自分自身がその単語を言いたいことに応じて、最も適切な表現手段だと気づいて使えるようになることです。
 発音記号で発音の基礎を学ぶのは「適切に読める」ための基本。文法として品詞や構文を学ぶのは、英単語が持っている意味や役割を正しく踏まえて適切な解釈ができ、相手に通じる英文が言えるための基本です。従って「発音」や「文法」の基礎なくして単語の学習はありえません。

 習得の順序として言うと:

  1. 英単語が読める(発音できる)あるいは相手の言葉の音声として聞き取れる
  2. 英単語の意味が理解できる。文脈・前後関係に応じて適切な意味の解釈ができる。
  3. 音声情報として身につけた単語を文字としても正しいスペルで書くことができる。

 というステップになります。何よりも先に「読める(発音できる)」がくるべきなのです。

 第1段階では単語の意味が思い出せなくてもよいのです。書かれた単語、耳から入った単語を「音声」として適切に把握できることがすべてに優先する第一歩です。仮に試験範囲に含まれる英単語をリストにして覚えようとしている場合、最初は「単語を見て即座に読める」ことだけを目指してください。これは人の顔を見て「職業や性格」などを思い出せなくてもいいから、まずは名前を言えるようになるようなものです。

 第2段階としては書かれた英文、聞こえてきた英文の意味を汲み取れること。それは「和訳できる」とは違います。このあたりまだぴんとこない方もいることでしょうが、今はあまり深い話はしません。特定の日本語の言葉に置き換えることが英単語の理解ではないということだけを覚えておいてください。

 第3段階からは能動的な技能になってきます。第1、第2はどちらかというと受動的な能力であり、読む力、聞き取る力が主体になりますが、読める、聞き取れるということはそれなりに「書ける、言える」という技能と連動しています。日本語の場合を考えてみてください。「読めるだけの漢字が書ける人はいない」とよく言われますが、それは英単語でも同じです。同じはずなのです。自然な言語習得のステップをたどっているならば、「読み方(発音)」は正しく分かっているけどスペルを忘れたなんてことは英語ネイティブでも普通にあることです。
 しかし、日本人の英語学習者を見てみると「意味(和訳例)は知っているけど読み方を知らない(正しい発音はできない)」という、言葉としては非常に不自然な状態にある人が多くいます。これはすなわち「言葉としてまったく使えない」状態です。

 英単語を覚えるというのは、「読める、聞き取れる、意味がつかめる、書ける、自分の考えを表現する適切な手段としてそれを用いることができる」という段階を順に最後までたどりきることなのです。そのステップは新たな単語に初めて接したその場でこなせるものではありません。時間をかけて、学習、訓練、経験を通じて徐々に自分の感覚に浸透させていくべきものなのです。

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人と知り合うように単語を覚える

 英単語を覚えるとは「単語が使える」ようになることだと確認しました。読み方も分からないまま、文脈によって多くの可能性がある「和訳例」の1つを暗記することが単語を覚えることではないと認識しましょう。  さて単語を覚えるということは「人と知り合う」ことに似ています。顔を覚え、名前を覚え、その人の性格や職業、趣味など様々なことを長い付き合いのなかで徐々に理解していくのです。日ごろ接点のほとんどない人なら名前を忘れてしまったりもするでしょう。交友関係が深い相手ならその人の性格や長所・短所なども含めてより深く知り合っていくでしょう。毎日会う相手もいれば、時折顔を合わせる人もいるし、一度会っただけでそれきり会うことのない人だっていることでしょう。英単語もまた、最初は初対面でその単語がどういう名前(読み方)なのかも知らず、どんな社会的役割(品詞や文法機能)を持っているかも分かっていませんが、多くの文脈で見かけたり聞こえたりする中で、徐々に親しくなっていきます。単語とより親しい関係になるには、頻繁に出会うことです。またそれほど出会う機会のない単語であっても、特に強い印象を与えられ、なぜか一生忘れられないことだってあります。何度も出会うのにどうも記憶に残らない単語もあります。性格がわかりやすく、すぐ自分でも使えるようになる単語もあれば、どうもつかみどころがなくて、自分の語彙になかなかなってくれない単語もあります。

knowing better  人仲良とくなろうとするとき、卒業写真のような顔写真入りの名簿で名前と住所などを暗記しても、実感としてその人との距離感は縮まりません。英単語を単語帳だけを通じて暗記するのはこれに似ています。本人と実際に出会って何度も接点を持ち、交友を重ねることではじめて「人と知り合う」ことになります。英単語もまた、単語帳のリストでの暗記は、初めてその人を紹介されるきっかけにはなりますが、その後色々な場面(文脈)で、何度も出会いを繰り返すことで「どんな人(どういう単語)」なのかが分かってきます。本当にその人にお願いするのが適切だという場面に、とっさにその人の顔や声が思い浮かんでくるようになります。

 ある単語を英和辞典で引くと、色々な意味が書かれているように思えます。しかし、実は「沢山の意味」があるのではないのです。単語はひとりの人であり、辞書にはその人の履歴事項が紹介されており、住所や年齢、職業、性格などが、リストにされているようなものです。それらを通じてその人の全体像をイメージします。でも、誰かの履歴書を丸暗記したところで、その人と知り合いだとは言えません。英単語を辞書や単語帳で暗記しても、「知り合い」になっていないと「使える」レベルにはなかなかならないものです。記憶だけに頼って、顔写真を見て名前が言えたり、電話番号を思い出したりはできるようになるかも知れませんが、生活の中での実用性は伴いません。

 これがどのような例えなのか、理解できますでしょうか。
 ある英単語が自分自身の語彙だと実感できるようになるには、読書や会話などを通じて何度もその単語に出会い、「あ、また会いましたね。こういうところで活躍しているんですね」と、徐々に単語と親しくなっていくのです。よく出会う単語なら、それだけ近い存在であり、あなたにとって重要度、必要度が高いということになります。顔(スペル)を見たらとっさに名前(読み方)が分かるべきであり、名前も知らない誰かの住所や電話番号(文法的使い道や和訳例)などを暗記することがいかに不合理で無意味かがわかるでしょう。

 沢山の単語を覚えるというのは、あちこちの場所に積極的にでかけて、より多くの人々と交友関係を広げるように、様々な書籍や会話の文例にこちらから接しては、場面ごとによく現れる単語たちの大勢と友達になっていくことなのです。

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単語は立体的なもの

3D image  ある物体を描写しようとするとき、1枚の絵だけではなかなか正確にその全体像を伝えることはできません。現物を目の前に手に取ることができれば一番早く、色々な角度から眺め、どういう形をしているかを把握することができますが、それを絵で伝えようとすると、「正面から見たところ」、「横から見たところ」、「真上から見下ろしたところ」という最低でも3つの角度からの見え方を図にする必要があるでしょう。その三面図を見た人は、それが3つのばらばらの物体だとは考えず、3つの角度から見たときこんなふうに見える1つの物体とはどういうものかを頭の中でイメージし、「立体像」を思い描くことで、その形を理解します。

 単語を覚えるのは人と知り合うようなものと書きましたが、人の姿にも正面顔もあれば横顔や後ろ姿、あるいは斜め上から見下ろした姿、斜め下から見上げた姿など、見る角度によって違って見えます。でも、そういう様々な角度から撮った写真を「大勢の違う人」だとは見るのではなく、イメージの中で立体的な像を思い浮かべてその「人」の全体像を理解しようとするでしょう。

 英和辞典を引くと1つの単語に「沢山の意味」があるように見えます。しかしそれは1つの同じ物体や人を様々な角度から見たときの様子を書き並べてあるのであり、実体は同じ1つの単語なのです。その姿が立体的だから1つの角度から見た図だけでは伝えられず、あのように色々な角度から見たときの見え方、すなわち「用いられる文脈によって、当てはまりうる和訳の例」が書かれているのです。

 ということは、色々な角度から見た画像をイメージの中で再構成して「立体像」を思い描くように、英単語も英和辞典に載っている、色々な和訳例を通じて、「これらを統合した立体的な実体」というものをイメージするべきなのです。本体さえ正確に理解できてしまえば、あとは手の中で見る角度を変えてやればいいだけのように、文脈に応じた適切な「和訳例」は自在に思い浮かぶようになるのです。和英辞典にしても、ありうるすべての文脈での和訳例が書かれているわけではないので、時には「辞書にない和訳」を使った方がうまくいくことさえあります。そんな事態にも単語の立体的実像を理解している人は柔軟に対応できるのです。

 一見「ばらばらのつながりのない意味」が沢山あるように思える場合でも、その単語の「核」となる意味が必ずあります。中学など初歩的な段階では、まずは英和辞典で、その単語の項目を通読してみて、「どの意味(和訳例)」を覚えておくことが他の意味を思い出せる有力なきっかけになるかを一度は考えてみましょう。時に教科書の例文に当てはまる意味が、その単語としては特別な文脈の場合なのかも知れません。
 たとえば、私自身、中学のころNHKの英会話のフォノシート(昔はCDもなく、半透明のピンク色のプラスチックのレコード盤だった)で勉強していたとき、「fix」という単語が出てきて、それが「お父さんが家で何かを『修理する』」という意味に使われていたのを見て、「fix=修理する」と覚えてしまったことがあります。
 事実、そういう意味にも使われるのですが、fix の「中心的な意味」は「固定する」だったのです。ねじが緩んだり、ぐらぐらになっているものをしっかりと「固定する」ことが「修理する」の意味につながっていて、割れたものを接着したり、切れたものをつないだりも含めて「修理する」の意味に使われます。より一般的に「修理する」と言えば「repair」という単語があるのですが、たまたま私はその教材で「修理する」という意味として fix を先に覚えてしまったのです。それで別の文脈で fix が「固定する」の意味で用いられていたのを見て、「なぜ修理?壊れてないのに?」とすぐに話の流れが理解できなかった経験があります。
 あのとき、教材の英文和訳だけから「修理する」と覚えず、辞書をちゃんと引いて、fix の中心的な意味である「固定する」をまず念頭に置き、文脈によっては「修理する」が適切なこともあると正しく理解していれば、そういう失敗もなかったことでしょう。

 なかなか初歩段階では、英和辞典に沢山書かれている単語の定義(意味、和訳例)を通読するのも面倒でしょうが、「単語を覚える=人と知り合う」ですから、手間を惜しんで仲良しにはなれません。英和辞典を引くときも、最初の方に書かれている1つか2つの意味だけしか見ようとしないのではなく、是非、一度はざっとでもその単語の項目全部に目を通しましょう。特にこれからこの章の中で詳しくお話する「語源」についての記述(多くは単語の定義の末尾に書かれている)を必ずチェックすると、その単語の「本来の姿」を知る重要な手がかりになります。

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英語の語源に関心を持とう

 この「語彙力強化法」では、もっともメインとなる本論の中で、英語の語源に関する知識を活用して飛躍的に語彙力を伸ばす方法を伝えていきます。恐らく高校レベルの学習者であっても、impossibleim- が否定(not)の意味で「possible(可能な)」に im- がついて「不可能な」を表すというようなことはご存知でしょう。そういう知識をさらに体系的に、順序良く積み重ね、誰でもよく知っている「あの単語のあの部分が、この部品だよ」と気づきながら、無理なく、納得しながら、単語の意味を深く実感して、大きく語彙力を伸ばしていきます。

 この方法が効果的であるには、一定以上の基礎的な単語力が必要です。まったく白紙の状態から英語の語源を学ぶのは、かえって負担を大きくするだけですが、中学1年、2年の段階ですら、よく注意していると上手に活用できる「記憶のヒント」は沢山あるのです。
 「study(勉強する)」という単語と「student(生徒・学生)」が「stud-」まで共通だということに何か理由を感じませんか? artist(芸術家・画家)の -ist を取ったら「art(芸術)」になり、artist は「 art の『専門家』」だと知れば、dentist は何の専門家でしょう? dent という部分が「歯」を意味する「部品」だと知ることは「記憶の強化」や今後現れる他の単語をスムーズに覚えさせてくれるきっかけにはなっても、「余分な負担」にはならないでしょう。-ist(専門家を意味する接尾辞)という知識1つで、guitar > guitarist, piano > pianist, violin > violinist など沢山の単語が「1つ覚えるだけで即座に語彙が2倍になる」ことも出てきます。

 このようにたとえ中学1、2年などの初歩段階でも十分有効に活用できる語源のお話はできるのです。本章では、初歩的なほとんど白紙で語源の活用がまだできないレベルの学習者が、どう単語を覚えていくべきか(どう教えていくべきか)からスタートして、初級者、中級者向け、さらに上級者へと徐々にグレードアップしていきます。そして「なぜその単語がその意味になるのか」を納得しながら、負担なく覚え、忘れなくなり、やがては「初対面の英単語なのに、読み方も意味も分かってしまう!」という境地に導いていきます。

 語源の知識は、難しいスペルの長い単語を覚えるのに非常に有効ですが、そういう専門性の高い「難語」だけに活用するものでもありません。ときには「とっくに知っている」と思っていた「簡単な単語」の中に意外な語源が潜んでいて、その語源を知ることが「文法的な理解」を容易にしてくれることさえあるのです。

 その一例をお話しましょう。
 「about」という単語はご存知ですね?

He talked about his family.(彼は家族『について』語った)
It is about ten o'clcok.(今『だいたい』10時ごろだ)
The dog was running about in the park.(犬は公園の中を走り『回った』)
I was just about to leave the house.(私は『まさに』家を出ようと『していたところ』だった)

 「about」それ自体は基礎単語の1つと言えますが、上記のような様々な使われ方をして、「~について」、「だいたい、約、およそ」、「そこらじゅうを」、「まさに~しようとして」など、なぜこれらの使われ方が1つの単語から生じるのか理解に苦しむところがあります。とても「共通の1つの実体」をうまくイメージできそうにありません。

 そこで語源を見てみます。すると「about = a-(=on) + b(<be=by) +out」という3つの部品から成り立っており、「a-」は前置詞「on」の意味を持つ接頭辞で、「b」1文字が実は be-(beside などに含まれる接頭辞と同じ)であり「by(~のそばに)」の意味が含まれたものであり、残った「out」はまさに「外に、外で」というあの out なんです。

 a- は「eat an apple a day (1日「につき」1個のりんごを食べる)」というような例に含まれる「1つの~につき」として現代英語にも生き残っており、この「 a 」は「 one 」の意味の不定冠詞と今はごっちゃになっていますが、もともとはそれとは別の「on(~の上で、~で)」という意味を持つ語が元になっているのです。
 about を語源に即して意味を言うとすれば「何かのすぐ外側に接した状態でon the outside of)」ということができます。

  1. ~について:「ある話題のすぐ外側に接して」=ある話題を中心として=ある話題について
  2. 約~:「その数字そのものではないが、すぐ外側に接した」非常に近い数字
  3. そこらじゅうを:ある場所のすぐ外側に接してその周りを
  4. まさに~しようとして:その動作が開始される直前、「ある動作開始のすぐ外側に接して」

 と今まで何のつながりもなさそうに見えていたすべての意味や文法的用法が一気につながってきます。この理解は、初めて about を習う中学生にはまだ必要ありません。とりあえず、教科書の例文で使われている「~について」だけを覚えておけばよいと思います。やがて「about 10」が「だいたい10くらい」の意味だと別の使い道を知り、「どうして?」とかすかな疑問がわいてくるでしょう。それでもまだ「お預け」にして「本当は理由があるんだけど、もう少し勉強が進んだらね」と、あえて情報保留にすることも場合によっては必要な判断です。

 しかし、高校レベルに達して「on」という前置詞や、beside (~のすぐそばに)や、out などの単語が「当たり前に知っている」段階になれば、「実は about は、、」と教えることで、「長年のひっかかり」が一気に解消し、ばらばらだったものがつながり、「~について」、「約、、」、「そこらじゅうを」、「まさにしようとして」など「和訳を通じて」やっと理解していたものが「on the outside of」というストレートな英語イメージから和訳というフィルタを通さずダイレクトにイメージ、実感できるようになります。「about」という単語が持つイメージを「何かを目の前にしてそのすぐ外側に手をかざす」ような仕草で表現することも可能です。その「about」が本来持つ意味、イメージを深く納得すれば、文脈、前後関係、構文などによって、「~について」、「約、、」、「そこらじゅうを」、「まさにしようとして」など、自在に適切な意味を思い浮かべることができるのです。和訳しろと言われればいつでも最適なニュアンスを捉えた言葉が浮かび、和訳の必要がなければ、英語のまま英文を心理的にも近い言葉として理解できるのです。

 他にも例としてあげたい話がありますが、それはまた今後にとっておくことにしましょう。

 語源知識は決して余分な記憶負担になるものではありません。専門家だけが学べばよい特殊な勉強でもありません。日本人が漢字を覚えるとき「木へん」や「さんずい」などの部首から漢字の意味を納得することにも似ており、「英語ネイティブがその英単語に接したとき、無意識に沸き起こるイメージ」と同じものが日本人である私たちにも持てるようになるのです。
 さらに1つの語源知識によって、多くの単語を容易に覚えるきっかけができます。共通の接頭辞、接尾辞、語幹を含む単語を見渡すことで、今まで10個の単語を覚えることに比べて20個覚えるのが2倍の負担だったのが、語源という根拠を与えられることで、1.1倍の労力しか感じなくなります。今まで習ったこともない初対面の英単語なのに、その構成要素がすべてすでに知っている接頭辞、語幹、接尾辞である場合など辞書を引くまでもなく、その単語の意味が(実感を伴って)分かってしまう経験をするようになります。
 語源要素ごとのスペルを知ると、その組合せとしての単語のスペルも確実に覚えられるため、つまらないミススペリングをしなくなります。「あれ?この単語のこの部分って、Rが1個だったかな?2個だったかな?」のような迷いがなくなります。

 このように英語の語源知識を活用することで、一定以上の語彙の基礎がある人ならば、短期間で飛躍的にその語彙力を伸ばすことが可能となります。英語にはもともとの古い英語に由来する単語もあれば、ラテン語やギリシャ語に由来する部品で構成されている単語、その他の外国語の影響を受けた単語などが沢山含まれています。英語ネイティブの間ですら、語彙力増強のための最も有効な手段として、この語源知識の活用が古くから用いられてきています。
 英語の語源を活用して語彙を伸ばすことを目的に書かれた書物はすでにかなりの数あるのですが、残念なことに良書といえるものほど洋書でしか入手できません。日本語で書かれた書物はどういうわけか、発音が示されていなかったり、限られたページに多くの単語をリストアップしてあるだけだったり、学習者が無理なく、順序良く、単語をしっかり覚えられる工夫に乏しい印象がありました。

 そこで紙媒体のページ制限を受けない、webサイトや電子出版という形で、語彙力の強化に悩む皆さんが大いに喜んでいただけるものをお届けしたいと考えています。取り上げる語源要素(接頭辞、接尾辞、語幹)は700以上に上りますので、相当の情報量になることは覚悟してください。しかしその700ほどの語源要素の組合せはほとんど無限大であり、新たに追加される単語力は数万に上ることでしょう。そして、語源を活用した単語の学習法のノウハウを本章でつかんでいただいたあとは、ここに書かれていない語源要素であっても、自分でどうやって調べればいいかが分かります。今後は「どうも覚えにくい単語」だと感じたら、どうすればその単語が深く印象に残るようにできるかがわかります。無機質な記号として、脳に大きな負担をかけて英単語を丸暗記してはすぐ忘れていた時代が嘘のように感じられるでしょう。  そういう内容として進めていくのがこの「語彙力増強法」の章なのです。


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