/ə/ の発音

schwa

 この e の文字をひっくり返したような記号は、a の文字を元にしたもので、曖昧母音(schwa)と呼ばれる非常に特殊な母音です。

 調音点一覧を見ると、他の英語の母音は、「はっきり前後や上下」に分布しているのに、この / ə / だけは唯一例外的にど真ん中にありますね。この「あらゆる母音の真ん中」にあるということが、「アイウエオ」のどの音でもなく、どの音にも聞こえるという非常に「曖昧な」性質を生んでいます。

 舌は力を入れずただべったり寝かせて置くだけの気持ちで構いません。口はほんの軽く「だらしなく」開ける気持ちで。舌にも顎にもまったく力を入れません。まるで朝目覚めたばかりの眠気の中で、まだはっきり言葉が言えないような状態を想像してみてください。

 要領としては、最初普通に「アイウエオ」を繰り返し言いながら、徐々にその発音を「だらしなく」していき、最後は「アイウエオ」が全部同じ音になってしまう感じです。どの音でもなく、どれかの音だと思い込んで聞けばその音にも聞こえる。そんな「中途半端=曖昧」な音がこの / ə / の音なのです。

 唇の形もやはり中途半端で、何かの音を出そうとしないことで、この音の形になると言えるでしょう。

 口の中のどこにも力を入れずに発音するということは、この音を表す単語の音節部分にもアクセントが置かれないということでもあります。決まって「弱く発音する音節」にこの音が現れ、スペルとしては「あらゆる音が弱まった結果」であるため、どんな母音文字が使われることもありえます。この音は、もともと「もしももっと強く発音していたら他のいずれかの母音になっていたところ」がアクセントが他の音節にあるため、その反動で弱い音になったものですから、実際には「もともとの音」にやや寄った音として発音さ れることもあります。

 たとえば Japan (Ja-pan) / dʒəpǽn / の第1音節に現れる / ə / は、「a」に寄った音になりますし、today (to-day)の第一音節では、to / tu / が弱まった音なので、多少は / u / に寄った発音としても問題はありません。  さらに個人差もあり、 behind (be-hind) という単語は / bɪháɪnd / と発音する人もいますし、第1音節をさらに弱形化して / bəháɪnd / と読むのも標準的な英語です。(EnglishCentralの発音解説をしているパメラさんという女性はこの発音をしているのに気づきましたか?)

 この曖昧母音は、もともと独立して存在した音というより、他のあらゆる母音が弱まった結果の音と考えることができます。英語は「強弱」のアクセントを用いる言語だというお話をしましたね。強く読む音節の母音は、より明確化するのに対して、アクセントのない音節の母音は、より不明確化する傾向にあります。アクセントがないことによって、どれくらい不明確な音になるかは地方差や個人差もあります。

 mountain(山)という単語をご存知ですね?これは moun-tain という2音節の単語で、アクセントは第1音節にあり、単語としての発音は辞書によって何通りか書かれています。

 本来なら「-tain」というスペルは強く発音していれば / teɪn / と読みたくなるところです。しかし、第1音節にアクセントを奪われた結果、 / eɪ / というはっきりした母音が弱まり、/ e / → / ɪ / と、より力の抜けた音へと変化しました。そして実際に標準的な英語として用いられているのは次の3通りの発音です。

  1. / máʊn-tɪn / 第2音節が / -tɪn /、つまり母音は / ɪ /。あまり弱形化が極端でない発音。
  2. / máʊn-tən / 第2音節が / tən /、つまり母音の弱形化がかなり進んだ発音。
  3. / máʊn-tn / 母音の弱形化がもっとも極端に進むと母音そのものが脱落します。

mountain

 強弱の差が極端になるのは特にアメリカ英語に見られる傾向ですが、上記1~3のどの 発音を英米いずれで用いても問題はありません。

 このようにもともとどんなスペルであっても、その音節の母音にアクセントがないため、読み方が弱くなったのが、曖昧母音 / ə / なのです。アクセントがないことによる音の変化を「弱形化」といいますが、これについては、別の項目の中で改めて詳しく説明します。


 ※日本語は「橋(はし)」と「箸(はし)」などの意味の違いを音の高さの違い(=ピッチ)で区別するのに対して、英語は強弱(=ストレス)で意味を左右する特徴を持っています。そういう英語の特徴が「母音の弱形化」という現象をもたらしているといえます。「強く読む」箇所があれば、それに対する「弱く読む箇所」が自然と発生するからですね。

 では曖昧母音 / ə / を含んだ単語の発音練習をしましょう。ポイントは、この母音の「音」それ自体より、アクセントが他の音節にあるということを意識し、強い音節に対して、この曖昧母音のある音節を弱く読むということです。その母音の弱さが「音質的な曖昧さ」となり、この音の発音になります。

 Japan 日本 / dʒə-pǽn /
 banana バナナ (Am)/ bə-nǽn-ə / (Br) /bə-nɑ́n-ə /
 woman 女性 / wʊm-ən /
 common 共通の (Am)/ kɑ́ ː m-ən / (Br)/kɒm-ən/
 today 今日 / tə-déɪ /
 tomorrow 明日 (Am)/ tə-mɑ́ ː r-ou, tə-mɔ́ ː r-ou / (Br)/ tə-mɒr-oʊ/
 America アメリカ / ə-mér-ɪ-kə /
 butterfly 蝶 (Am) / bʌ́t-ɚ-flàɪ / (Br)/ bʌ́t-ə-flàɪ /

※ buterfly のアメリカ式発音で、第2音節の発音に使われている / ɚ / という特殊な記号はアメリカ英語特有の「r-colored vowel( Rの音色を帯びた母音)」というもので、あとの項目の中で解説します。



 
/ ə /の発音

 それではまた EnglishCentral の動画を使ってさらに練習を重ねることにしましょう。

 上の解説の中でも触れていますが、この解説を行っているパメラさんは「behind」という単語を / bəháɪnd / と発音しています。39あるライン中の11番目に注目してください。

 このサイトでは単元ごと、学習内容ごとに最低1つの埋め込み動画があります。本気で「実践的英語技能」を習得したいと考える方は、どうかそれぞれの動画をとばさず、「見る、学ぶ、話す」の3つのアクティビティをしっかり行ってください。「見る(=聞き取る)」を繰り返してもよいのです。3つめの「話す(=発音の評価を受ける)」にチャレンジする前に、最初の「見る」を何度も再生しなおして、オーバーラッピング(overlapping=ビデオの音声に自分の声を重ねてまったく同じタイミング、同じ強弱、抑揚で話すこと)の練習をすることは、音声に対する日本語的感覚を英語的なもの切り替える要領がつかめてきて、発音上達に大変効果的です。
 加えて、そういう「英語本来のスピード、タイミング、情報の流れ方」というものに自然となじんできますので、知らない間に「聞き取り」の能力が格段に向上します。

 このサイトのすべての解説は「知識・理解」であり、適切な訓練姿勢を得るための指針を与えますが、それを踏まえていかに「訓練」するかで技能は身につくのです。最後のステップを怠る限り進歩は望めないのです。

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r-colored vowel(Rの音色を帯びた母音)

 ここではアメリカ英語に特徴的な「Rの音色を帯びた母音」というものについて解説します。

 イギリス英語では、たとえば “bird” という単語は / bəːd / と発音され、スペルにRが含まれていてもそれが音としては現れません。それに対してアメリカ英語ではスペルのRが発音にも現れます。 “bird”のアメリカ式発音の表記としては辞書によって異なっており、

bird =/ bəːrd /, / bɜːrd/, / bɝːd/, / bɚːd /

 といった記号が用いられています。いずれも同じ音を表しているのですが、発音記号の使い方の方針が異なるだけですから、どれでも構わないのですが、本書では/ bɚːd / の記号を採用します。
( EnglishCentralでは長音記号のない / bɝd/ という表記ですが、これも同じ音を表します。)

 / bəːrd /:この書き方では /ə/音をただそのまま伸ばしたあとで /r/ 音を続けると解釈されがちですが、実はそうではなく、/əːr/ という「1つの音」を意味しています。しかしそれが分かりにいという欠点があります。

 /bɜːrd/ という表記を採用している辞書も多いのですが、これもまた /ɜː/+/r/ と解釈されやすく「母音の音質そのものの特殊性」が直感的に伝わりにくいところがあります。

 そこで本書は標準IPAには含まれておらず補助記号であるい /ɚ/ を用いて、このアメリカ英語特有の音質を表すことにしました。/ɚ/ 単母音(Simple Vowel)です。つまり発音開始から終了まで唇、顎、舌に動きがなく一定の音として発音されます。それが長母音の /ɚː/ であっても同様であり、/əː/ と伸ばしたあとで /r/ が追いかけるというのではありません。

er

 左の調音点一覧を見ていただきますと、/ɚ/ は、普通の /ə/ よりわずかに上に位置しています。これは /ɚ/ を発音する際の舌の構え方が少々特殊であり、単に舌の中央部が /ə/ より高いというのでもなく、スプーンの表面のように中央がくぼみ、両側が上の歯の横の部分に接触するような形を作ります。 /r/ を発音するように舌先をやや巻き上げ気味にしてもよいでしょう。

 あるいは極端なことをいって、/r/ の音そのものを出してしまってもよいのです。
 言うなれば「子音として使うときは /r/ であり、母音として使うときは /ɚ/ の記号を用いる」ということだと理解してください。実際、辞書によっては /brd/ とまったく母音文字を使わず、 bird の発音を表記しているものすらあるのです。

r-colored vowel  


 ただ /ə/ を伸ばしただけの音と、/ɚ/ を長く発音したときの聞こえの違いを確認してみてください。

 左の図の下についている音声プレイヤーで /ə ://ɚː/ が連続的に発音されている音声サンプルを聞いてみてください。どちらも「1種類の音」が途中変化せずそのまま延びていることと、/ə ://ɚː/ では確かに音色に違いがあることが理解できるでしょう。

 このように母音を発音するとき、最初から舌を /r/ 構えにして出す音を「Rの音色を帯びた母音(r-colored vowel)といいます。


r-colored vowel 2

 イギリス式発音の表記方法として / əːr / というものがあります。これは / əː / にイタリック体の r が添えられた記号で、辞書によっては、 /əː(r)/ r の文字を括弧に入れて同じ意味を持たせているものもあるのですが、この記号が意味するのは「rの音を出しても出さなくてもいい」というのではなく、「後に母音が続かないときは / əː/ と発音され、あとに母音が続く場合に限って /r/ の音が現れるということを意味しています。ですから、後に母音が続いて /r/ が音として現れる場合であっても、/ əː/ の音は同じであり、ただ曖昧母音と同じ音質をそのまま伸ばせばよいのです。

 しかしアメリカ英語の発音である /ɚ/ ではあとに続く音と無関係に常に発音に「r の音色」が与えられます。では実際にこの母音を含む単語を英米それぞれの発音でよく聞き比べてみましょう。(このテキストでは米英の順で発音が示されていますが、リンク先の Oxford Advanced Learner’s Dictionary はイギリスの出版物ですので、イギリス式発音が左になっています。)


/ ɚː / əː /を含む単語の例:

      
bird / bʌ́t-ɚ-flàɪ / (Am)/ bɚ́ːd/ (Br)/ bə́ːd / 
girl 少女 (Am)/ gɚ́ːl/ (Br)/ gə́ːl / 
heard 聞いた (Am)/ hɚ́ːd/ (Br)/ hə́ːd / 
word 単語 (Am)/ wɚ́ːd/ (Br)/ wə́ːd / 
work 仕事 (Am)/ wɚ́ːk/ (Br)/ wə́ːk / 
hurt 傷つける (Am)/ hɚ́ːt/ (Br)/ hə́ːt/ 


 「r-colored vowel」 と呼ばれる母音には、これまでに説明した /ɚː/ のほか、 /ɑːr/ /ɔːr/ も含まれるとされていますが、これらは /ɑː//ɔː/ を普通に発音し、末尾に /r/ の音を添えるだけなので特殊性はありません。それでも一応、スペルに含まれる /r/ 音までで「1つの母音」と見なされているため、本書では /r/ 音を含まない /ɑː/ /ɔː//ɑːr//ɔːr/ を別母音と数えることにしたわけです。

    
courseコース、道 (Am) /kɔːrs/ (Br) /kɔːs/  
sort種類 (Am)/sɔːrt/ (Br) /sɔːt/ 
soreひりひりする (Am) /sɔːr/ (Br) /sɔːr/ 
pour注ぐ (Am) /pɔːr/ (Br) /pɔːr/  


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