重母音

 これまで英語の母音のうち「単母音(Simple Vowels)」について見てきました。ここからは「重母音(Complex Vowels)」について学びます。

 本書では下の表の通り、二重母音が8種類、三重母音が2種類という分類に従って解説しますが、二重母音や三重母音を何種類と数えるかについては、何通りかの考え方があります。発音を学ぶ上では、そういう学説的な違いはあまり大きな問題ではなく、要するに正しく単語が発音できさえすればそれでよいのですが、あとあと学習に迷いが生じないように、「重母音」とはどういうものかを先ず理解することにしましょう。

simple and complex vowels

単母音と重母音の違い

 単母音(Simple Vowel)と呼ばれる音(注:「母音」と読みは同じでも意味が違うので注意)は、その音が発せられる最初から最後までを通じて、調音器官(唇、歯、舌など)に動きがないものを指します。音の長い短いに関係なく、音の出し始めから出し終わりまでを通じて「同じ口の構え」を保ったまま発音されるのが単母音です。

 それに対して、2つあるいは3つの母音を連続的に、それも「1拍」の中に収めるように発音するのが重母音(Complex Vowel)であり、最初に発音される母音が音の中心となりつつも、直後に続く別の音質の母音を発音するため、1拍の中で調音器官に動きがあります。

 英語の重母音というのは、日本語には基本的にない音です。現実には日本語においても、英語の二重母音のような要領で発音される場面がありますが、どこが日本語と英語の違いなのかを理解しておくことにしましょう。

 日本語の「愛(あい)」という言葉は、「あ、い」それぞれが1音節ずつを構成しており、/a.i/ という2音節ですが、英語の “I (=私)” という単語の発音は、/aɪ/ で一拍、1つのまとまった音と認識されます。

 /aɪ/ という表記が「2つの母音が並んでいる」という視覚的印象を与えがちであることから、辞書によっては、 /aɪ/ というふうに後の母音を前の母音の右肩に添える特殊記号を用いているものもあり、これはなかなかよいアイデアだと思うのですが、本書では多くの辞書で一般的に採用されている /aɪ/ の表記を用いることにします。

 二重母音や三重母音について考えるとき問題になってくるのが音節末尾に /r/ の音を持っている場合です。イギリス英語ではまず問題になりませんが、アメリカ英語の発音ではスペルの /r/ が常に発音にも現れるため、そういう音節の母音については、二重母音と見なすべきかどうかについても意見が分かれることがあります。

 たとえば heart( 「心、心臓」)という単語のアメリカ英語での読み方は、 / hɑːrt / と表記されますが、母音 /ɑ/ の発音から /r/ に移るとき実際には、/hɑɚt/ のように読まれています。はっきりと大きな口を開けた /ɑ/ の発音をした直後、舌先が持ち上げられますが、そのときの音を「子音の /r/」とも見なせれば、母音の /ɚ/ が続いていると見ることもできます。前者の考え方では「単母音+r」ですが、後者の見方によれば heart の母音は、/ɑɚ/ という二重母音だということもできるわけです。

 見方の違いはあっても実際の発音は同じであり、聞こえの印象にも違いはありませんから、「そういう考え方、見方もある」と知っておいていただくだけで結構です。こんな些細な知識でも、知っておくと、辞書ごとに違った色々な発音表記に出会っても驚かずに済むでしょう。

 どうもアメリカ英語というのは特に /r/ の音がからんで来たときに限って音声学的には扱いの難しいところが出てきます。それは /r/ が「子音と言えば子音であり、母音と見なせばそう見なせなくもない」という音声的な特徴を持っているからです。話をシンプルにするため、本書では一環して「 /r/ は常に子音。同じ音でも母音は /ɚ/ と表記する」という立場を取ります。

 hear, air, cure といった単語も一般的には、/ hɪɚ, ɛɚ, kjʊɚ/ という二重母音を含む語と見なされていますが、 Oxford Advanced Learner’s Dictionary をはじめ、これらのアメリカ英語発音は /hɪr, ɛr, kjʊr/ という「単母音+/r/」だと表記しているものもあり、そう考えた場合、これらの語の母音は二重母音ではなくなります。

 要するにアメリカ英語では音節末尾の r を常に発音するため、何らかの母音のあとに /r/ が来ると、それを発した音を「子音 /r/ の音」と見なすか、「母音 /ɚ/ の音」と見なすかによって二重母音に分類すべきかそうでないか、見方が変わってくるわけですね。

 この問題はそのまま三重母音の判定にも当てはまります。 fire, hour といった単語のアメリカ式発音を /faɪɚ, aʊɚ/ と三重母音に含めるか、 /faɪr, aʊr/ という二重母音だと見なすか、どちらの立場に立つことも可能です。(どちらも間違いではありません)
 本書では、これらを三重母音と見なす立場を取ることにします。

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二重母音

 本書における重母音の考え方をご理解いただいたところで、具体的な重母音を含む語について見ていくことにしましょう。本書では二重母音として次の8種類を扱うことにします。

 /aɪ/  fire
 /eɪ/  day
 /ɔɪ/  boy
 /aʊ/  cow
 /oʊ (Br. əʊ )/  boat
 /ɪɚ (Br. ɪər)/  hear
 /ɛɚ (Br. ɛər)/  hair
 /ʊɚ (Br. ʊər)/  cure

 上記を見ていただいてすぐ気づくと思いますが、二重母音には、あとに続く母音として /ɪ/, /ʊ/, /ɚ/(イギリス式ではr/)が来るタイプの3種類に分かれます。そして単母音では使われなかった /a/, /o//ɛ/ と言った重母音専用の記号が見えますね。

 英語では通常 /a/ の音が単音で現れることはなく、単音の場合 /ɑ/(イギリス式なら /ɒ/ )として発音されます。調音点一覧を見ると分かるとおり、 /ɑ/ は口の最も奥で発音されますが、二重母音としてすぐに /ɪ/ へと移ろうとすると、/ɑ/ を発音する時点であらかじめ調音点が前に移動してしまいます。これは直後の母音にスムーズに移行しようとして無意識に行われる調音点の移動であり、そのようにして調音点が移動した発音では /ɑɪ/ は自然と/aɪ/ の発音になってしまうわけです。重母音でしか使われない記号( /ɛ//o/ )があるのは同様の理由によります。要するに母音の二重発音がしやすいように前の母音が質変化をした結果、 /ɑɪ//aɪ/ になり、 /ɑʊ//aʊ/ に、また /eə//ɛə/ になるなどの第1母音の変化が起きていると考えられます。そのためあえて重母音専用の記号を追加せず、/ɑɪ/, /ɑʊ/, /eə/ といった第1母音の記号をそのまま使っている辞書もあります。(/eɪ//ɛɪ/ とならないのは、あえて第1母音/e/ を次に続く /ɪ/ から調音点的により遠い /ɛ/ に変位させる理由がないからです。)

 ちなみにここからの「重母音」に関する内容は、Youtubeにビデオとしてアップされています。これは発音練習ソフト「3D PHONETICS」で単母音と子音に関する発音記号を一通り学んだ次の段階の教材として作成されたものですが、子音を学ぶ前の今の段階でご覧になるのもタイミングとしては適切です。

 ただし多くの内容を含んでいますので、1本再生するのに「45分26秒」かかります。このサイトで同じ内容を通読し、練習しても同じくらいか、もっと時間がかかると思いますので、一度ここでビデオを見て、それからその復習として、この先の内容を読むのが理解を深めるのにはよいかも知れません。

Long Vowels & diphthongs(長母音、二重母音) (45分25秒)


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