名詞の格(Case)

「格」とは?

 日本語には、俗に「てにをは」と呼ばれる「助詞」という機能があり、例えば「私」、「私」、「私」、「私」など「名詞+助詞」という組み合わせによって、その名詞の文中における構文的位置付け、役割などが示されます。助詞があるため、名詞そのものは形を変えることなく「私」は常に「私」のままです。
 「私は」を1つの単位と見なした場合、「私はそれを食べた」も「それを私は食べた」も同じ事実を表せます。つまり、助詞によって名詞の構文的位置付けが明確にされるため、語順は柔軟でいられるわけです。
 名詞や代名詞が、文中で構文的にどのような意味を伝える位置付けにあるかのことを「格( Case )」といいます。

 日本語では名詞や代名詞そのものはまったく語形を変化させることなく、そのあとに助詞がくっつくことで直前の名詞・代名詞の格が伝えられます。「犬が」、「犬に」、「犬を」のいずれの場合も「犬」は「犬」のままであり、「私、あなた、彼、彼女」などもあとにつく助詞次第で文中の機能が変わってきます。

 一方英語では、その単語そのものが形を変えてしまうことで、日本語なら助詞の助けを借りて表現されるを表します。
 特に古い英語では現代よりもっと複雑な語形変化があり、語形を見るだけでそれが主格なのか目的格なのかの区別がついた時期がありました。名詞そのものが形を変えない場合でも、格によって冠詞が代わるなど今の日本語の助詞に似たものが存在しました。

 参考までに大昔の英語をちょっとだけ見てみましょう。

se cyning sloh þone beran.王様がを殺した)
[ 参考として古代英語スペルのまま示していますので、どう発音するかはここでは気にしなくて構いません ]

 se cying = the king(王様が:主格)
 sloh = killed(殺した)
 þone beran = the bear(熊を:目的格)

 þ は現代英語にないスペルで今の th に相当する1文字でした。
 「 cying 」は「 king 」の古いスペルで言われてみればなんとなく king の面影(?)を感じます。「 beran 」はかなり「 bear 」に近いですね。
 ここでポイントなのは「~が」と「~を」が se, þone によって区別されており、たとえ語順が、

þone beran sloh se cyning. 熊を王様が殺した)

 と言うこともでき、名詞の格が形で区別されていたため、語順の自由度がそれだけ高かったのです。
 しかし現代英語では、

The king killed the bear.
The bear killed the king.

not always the same

 はまったく異なる事実を表すものであり、「名詞がどの位置に現れるか(=語順)」ということも名詞の格を伝える重要な要素になっています。
 もともと大昔の英語には非常に複雑な語形変化があり、単語の形で格が細かく判別できたため、その分語順は柔軟性がありましたが、やがて語順が固定的となり、語順によって名詞の格が示されるようになってくると、名詞そのものが形を変える必要がなくなってきたわけです。
 基本文型や色々な構文など学ぶことが多くて英語は大変だと思っている方もいるかも知れませんが、その構文のおかげで私たちは大昔のような恐ろしく複雑な語形変化を知らなくて済むようになったのですから、よかったのかも知れませんね。

   名詞が文章の中で用いられるとき、その使われ方によって「格」という文法的な位置づけが与えられます。具体的に言うと次の4つです。

主格 (Nominative) :主語として用いられる場合
目的格 (Objective) :他動詞や前置詞の目的語として用いられる場合。「対格」と「与格」に細分することがある。
所有格 (Posessive) :他の名詞と形容詞的に結びつき、「所有」などを表す場合。「属格( Genitive Case )」ともいう。
独立所有格 (Posessive Pronoun) :「所有代名詞」とも。3の意味でさらにあとに続く名詞をその意味に含んでしまう場合

 (注1)現代英語では「 I sent a letter to Jane(前置詞の目的語). 」と「 I sent Jane a letter.( SVOO) 」でいずれも「 Jane」は目的格と呼ばれますが、send という動作の直接対象である letter が「直接目的語(Direct Object)」であるのに対して Jane は「間接目的語(Indirect Object)」といいます。これも古い英語では「与格(「誰(何)に向かって」示す格)」と「対格(動作の直接対象を示す格)」の2つが形の上でも区別されていました。現代英語では、与格と対格で名詞・代名詞の語形が同じになったため、まとめて「目的格」と呼ばれています。

 (注2)日本で一般に教えられている英文法では「所有格( Posessive )」という用語が持ちいられていますが、これも以前は「属格( Genitive Case )」と呼ばれており、実際「所有」は属格が表す多くの意味(所有、意味上の主語・目的語、部分、分離、など)の中の1つに過ぎず、所有格が「所有」以外の意味も表すことがあることを考えると「属格」の名称の方が本当は実体に即した好ましい名称だと感じます。

 語順の機能が固定的になってから、名詞の格を語形で示す必要がなくなってきて、名詞そのものの語形変化はすっかり少なくなったのが現代英語ですが、Bob という人名なら文中では「Bob」そのままか「Bob's」という形の2種類の形しか取りません。ですから同じ形であっても、文法的(構文的)に同じ役割をしているとは限らないわけです。

(1) Bob is a student. (Bobは主格)

(2) She loves Bob. / She went there with Bob.(Bobは目的格)

(3) This is Bob's book.(Bob'sは所有格)

(4) This book is Bob's.(Bob'sは独立所有格)

 名詞の場合、主格と目的格はまったく同じ語形となるので見掛け上は区別がありませんが、文法的には主格と目的格は区別されます。
 また目的格としては次のようなものもあります。

He is 20 years old. (「20 years」は目的格 [ 対格 ])

That bridge is 200 meters long.(「200 meters」は目的格 [ 対格 ])

 上記例文で「 20 years/200 meters 」を抜かしても英文は成立します。つまりこれらの語は名詞でありながら副詞的な役割をかねており、これを古い英文法では「副詞的対格」とか「副詞的目的格」と呼びました。あまり用語は問題ではなく、要するに「名詞のままで副詞として使われている」ということです。一応、このように使われる名詞も格としては「目的格(細かくは対格)」にあたるとされているということだけはお話しておくことにします。

 (4)の「 Bob's 」はその直後に名詞が省かれている( Bob's book )と考えても構いませんが、私個人としては、単なる省略というより、「名詞を飲み込んでしまった」とみなす立場を取っています。
 これは次の項目の中で説明する「代名詞」の格変化( I-my-me-mine )の「 mine 」に相当するものです。
 ですから「my」は単独で用いることがなく常に「my book」のように名詞を修飾しますので、「代名詞が変化した形容詞」と考えることができ、同様に「Bob's book」の「Bob's」も形容詞と呼んで構いません。そして「mine」は「所有代名詞」という名称もあり、これで代名詞とみなす方が理論的な統一性がありますので、同じく「This boos is Bob's」の「Bob's」も代名詞(のようなもの)とみなしてよいでしょう。

 ここで問題とするのは、「Bob」に対する「Bob's(3,4両方の場合)」の語形です。基本的には「名詞+アポストロフィ('記号)+s」という形になりますが、それをしっかり整理しておきましょう。


(名詞の所有格・所有代名詞の作り方)

1、名詞に「アポストロフィS」をつける
Bob's, Tom's, today's, earth's, men's, children's など

2、名詞の語尾が[s/z/sh]の発音で終わる場合は、「'」のみをつける
 students', ladies', Moses' など

 ただし、人名で語尾が「-s」で終わるような場合は、1,2いずれも用いられることがあります。
Dickens → Dickens', Dickens's

( [ díkenz, díkenziz ] 両方の発音が可)<どちらを使っても構いませんが1つの文章中で別々のスタイルを混在させないようにしましょう。

 所有格の「's」の発音は複数形の読み方に準じますが、上記「 Dickens's 」のようにスペルに「e」が含まれていなくても [ díkenziz ] と読むことがあるのが、複数形にはない例外的なものです。

 1による所有格の作り方がもっとも基本となりますが、「名詞の複数形」と違う点は、名詞の形自体が変化しないということです。たとえば「 wife 」は複数形で「 wives 」となりますが、所有格では「 wife's 」です。
 2では、特に名詞の複数形が「-s」で終わることが多いですが、不規則変化の複数形では、「 children's 」のように1の方法で所有格を作ります。
 「lady's (単数名詞の所有格)」と「 ladies'(複数名詞の所有格)」では発音が同じでも意味応じてスペルは区別されますので注意しましょう。(日本国内で見かけるトイレの男女表示などでは、よく「 men's room/lady's room(正しくは ladies' room )」という間違いもよく見かけます。)


(所有格の用法)

 先に述べましたとおり、もともと「属格( Genitive Case )」と呼ばれていた格が持っている1つの機能が「所有」であり、所有格という名称が一般的に用いられるようになった今でも、所有格には「所有」以外の使い道があります。(主な用途としては確かに「所有」が多いので、名称としても「中心的機能」として所有格と呼ばれるようになったのでしょうが、こういう用語の選択は概念の混乱や誤導につながることがあるので、本当は「属格」と呼ぶのがより適切だと感じています。)

 あとの代名詞でも改めて解説しますが、所有格(属格)が果たす機能をざっと紹介します。

・所有
Bob's book (ボブが所有する本)

Jane's parents (ジェインの両親)

これらは「所有格」の典型で、いまさら説明するまでもないくらいかと思います。「所有(posession)」を示しているということは、所有格となっている人が所有者、持ち主ということです。
しかし実際には以下に説明するとおり、必ずしも「所有者、持ち主」ではなく、別の関係において人と対象物がつながっているという「属性」をしめしていることも多いのです。

・他の名詞に対する属性
Bob's book が「ボブが書いた本」の意味を表すこともありますし、「ボブが図書館から借りてきて今読んでいる本」という文脈もありえます。
John's office といったとき、John は必ずしもその会社のオーナーではなく、「Johnが勤めているオフィス」を表すことも多いでしょう。このように「~'s」の形で示される名詞と、そのあとの名詞との間に「なんらかの属性(関係)」があることを広く示すものなのです。その意味で「所有」は様々な属性の1つに過ぎず、多くの用途の1つでしかない「所有」を「所有格」という全体像を表す名称に用いることには疑問があるわけです。常日ごろから「属格」と呼んでいれば「所有かも知れないし、それ以外の『属性』を示しているのかも知れない」ということを常に念頭に置けます。

・副詞的属格
alwaysは「all the way」をあらわす語の「属格」として -s がついて副詞になったものです。
sometimes、back wards など語尾に -s のついた副詞は、同様に名詞の属格(所有格)に由来します。[複数形に由来するのではありません]

・意味上の主語・目的語
 これは「名詞's 動詞的意味を持つ名詞」という組み合わせになっているとき、名詞's が後ろの「動詞的意味」の主語を表すものです。
 例えば、Ben's action (ベンの行動)で action は動詞「 act 」の名詞形ですから「 Ben が行動すること」という意味を表しています。
 属格は名詞の直接的語形変化だけでなく、「of 名詞」という前置詞との組み合わせでも表現され、discovery of America (アメリカの発見)という場合、「of America」を名詞 America の属格と言うことができます。ここで discovery of America は「アメリカを発見したこと」の意味ですから、America は、discover(発見する)という動詞的な意味の目的語となっているわけです。

・部分の属格
That boy is the tallest of the three.

(その少年は3人の中で一番背が高い)

・分離の属格
He robbed the old man of the money.

(彼はその老人からお金を奪った)

・同格の属格
the city of Tokyo(東京という町)

 ここでは「所有格」という「多くの用途の1つに過ぎない名称」から受けやすい誤解を解き、本来の「属格」という実体により即した名称で解説しました。日本の学校現場などでは教科書・参考書で「所有格」という用語が普通に用いられていることと思いますので、「所有は『所有格』の表す意味の1つに過ぎず、他にも色々な用途がある」ことさえ、しっかり踏まえ、生徒にも認識させさえすれば名称にこだわる必要はありませんが、そういう注意をまったく与えず(教える側も意識せず)、「所有格」という名称から、その用途を理解したような気になることは避けなければなりません。

 所有格(属格)の用法については代名詞の項目などの中で必要に応じて繰り返して説明することにします。




オバマ大統領の演説から
英語を学ぶ日本の生徒

 オバマ大統領の演説は、色々なところでよい英語学習教材とされているようです。
 「Obama's Speeches(オバマ大統領の演説)」という形は、今回学んだ「所有格(属格)」を用いていますね。
 最も基本的な「所有」の使い方ともいえますし、speech は、speak という動詞が名詞化したものですから、Obama's Speech の2語には「オバマ大統領が話す」という「主語と述語」の関係も含まれています。すなわち「意味上の主語を表す属格」と見ることもできます。

 名詞をまったく含まない文章はまれです。(作れないわけではもありませんが)
 文中の名詞が、文法的にどのような働きをしているか、今までよりもちょっと注意を払って英文に接するようにしましょう。


  1. President Barack Obama may not know it,...
    バラク・オバマ大統領は知らないでしょうけど、...

  2. Yes, we can.
    イエス・ウイ・キャン。

  3. Yes, we can.
    イエス・ウイ・キャン。

  4. Yes, we can.
    イエス・ウイ・キャン。

  5. Yes, we can.
    イエス・ウイ・キャン。

  6. ...but he is teaching students in Japan how to speak English,...
    ...大統領は日本の学生たちに話し英語を教えているのです、...

  7. Hello, Chicago. If there is anyone out there...
    こんにちは、シカゴの皆さん。もし、そちらにいる皆さんの中で...

  8. ...or at least, his speeches are.
    ...もしくは、少なくともその演説が教えています。

  9. Hope in the face of uncertainty.
    不安定な状況にめげない希望。

  10. This is the Obama workshop at the Kaplan English School in Japan.
    こちらは、日本にあるカプラン英語学校でのオバマ・ワークショップです。

  11. Every week, as many as 200 students attend.
    毎週、 200人もの生徒が参加しています。

  12. Earlier this evening.
    今晩。

  13. How are you this evening?
    今夜の調子はいかがですか?

  14. They learn the president's speeches line by line,...
    生徒たちは、大統領の演説を一行一行学びます、...

  15. ...reciting them to their teacher, Makoto Ishiwata.
    ...石渡誠先生について復唱しながら。

  16. Oh! You're very careful. Okay, but let's make it smoother.
    おお!とても用心深いね。じゃあ、もっとスムーズに言ってみようか。

  17. Ishiwata has also used speeches by Martin Luther King and John F. Kennedy for his classes,...
    石渡氏は、授業にマーティン・ルーサー・キングやジョンF・ケネディの演説も利用しましたが...

  18. ...but he says his students are particularly inspired by the message of Mr. Obama.
    ...生徒たちは、オバマ大統領の演説に特にやる気を出しているということです。

  19. Through hard work and perseverance,...
    懸命な努力と粘り強さによって、...

  20. Through hard work and perseverance.
    懸命な努力と粘り強さによって。

  21. It's no secret that President Obama is very popular in Japan.
    オバマ大統領が日本でとても人気があるのはよく知られていることです。

  22. During the election, there were Obama T-shirts, cookies, even an Obama burger.
    選挙中には、オバマ大統領のTシャツ、クッキー、オバマ・バーガーまで出てきました。

  23. Obama's speeches have been a huge success here in Japan.
    オバマ大統領の演説は、ここ日本では大成功を収めています。

  24. The series has sold more than 600,000 copies.
    演説のシリーズは60万冊以上の売れ行きです。

  25. Every book comes with a DVD and most importantly,...

  26. ...a glossary to explain terms like "stopgap measures" to Japanese readers.
    すべての本に、DVD、そして最も重要なのは、日本の読者向けに「臨時対策」といった表現を説明した用語集が付いています。

  27. The students at Kaplan say that while President Obama's vocabulary can be tough,...
    カプランの生徒たち曰く、オバマ大統領の使う言葉は難しいかもしれませんが、 ...

  28. ...his delivery makes him easy to understand.
    ...その演説のし方で理解しやすくなっている、ということです。

  29. His speech has passion and his speech is like a song.
    大統領の演説には情熱があり、また、演説は歌のようです。

  30. Ishiwata knows almost all of Mr. Obama's speeches by heart, down to the cadence and hand gestures.
    石渡氏は、オバマ大統領の演説のほとんどすべてを暗記しており、抑揚や手のジェスチャーまで知っています。

  31. "To win the war, secure the peace, and earn the respect of the world."
    「戦争に勝利するには、平和を確保し、世界の尊敬を得ることです。」

  32. At that time, when I first heard this, I almost cried.
    これを初めて聞いたとき、私は泣きそうになりました。

  33. I just have to give you an applause there.
    私はただただ拍手を送ります。

  34. It's a challenge for the students, but they are enjoying learning from both of their teachers.
    生徒たちにはチャレンジですが、2人の教師から楽しく学んでいます。

  35. Clarissa Ward, ABC News, Tokyo.
    ABCニュース、東京のクラリサ・ワードがお伝えしました。


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