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063.様々な音声学的現象

064.音の連結

 これまで英語の発音について個々の音素(子音、母音の1つずつ)について、音の出し方について学んできた。ここからは、より実践的に単語がフレーズや文章の中で発音される際に起きる様々な音声学的現象について理解し、練習していきたい。これらを練習することで自分自身の発音だけでなく、リスニング(聞き取り)の能力も大きく向上する。

 英語には子音で終わる単語も沢山あり、それを母音で始まる語が追いかけると、前の子音と後の母音がちょうどローマ字の「子音+母音」のように結びついた音となって聞こえることがある。この現象は、追いかける音が母音である場合以外に半母音 [ j ] のときにも現れる。

 これは単語そのものの発音を正確に行ってさえいれば、半ば自動的にそうなってしまう現象であるが、いつくかのパターンについて、「単語末尾の子音+単語最初の母音(または半母音 [ j ] )」連結する例の練習をしておこう。

 単語に下線を引いてある箇所に音の「連結」が起きている。

  1. まず発音記号と見比べて、その箇所に「子音+母音(または半母音)」という音の並びがあることを確認する。
  2. 次に自分自身で発音記号に忠実に読んでみる。
  3. 最後に音声サンプルを聞き、自分の発音と比べて、また練習する。

(スピーカーアイコンをクリックすれば音声が聞けます)  
far away [ fɑ́ːrəwèi ]
cheer up [ tʃíərʌ̀p ]
there is [ ðɜ̀əríz ]
there are [ ðɜ̀ərɑ́ːr ]
here is [ hìəríz ]
here are [ hìərɑ́ːr ]
ever after [ èvərǽftər ]
sure of [ ʃùərɔ́v ]
Where are you? [ wɛ̀ərɑ́ːrjùː ]
 
an apple [ ənǽpl ]
an egg [ ənég ]
in it [ ínit ]
on it [ ɔ́nit ]
when I was young [ wènaiwazjʌ́ŋ ]
 
come on [ kʌmɔ́n ]
come in [ kʌmín ]
get in [ getín ]
stop it [ stɑ́pit ]
pick up [ pikʌ́p ]
pick it up [ pìkitʌ́p ]
take off [ teikɔ́ːf ]
take out [ teikáut ]
not at all [ nɑ̀tətɔ́ːl ]
none of your business [ nʌ̀nəvjuər bíznis ]
one year [ wʌnjíər ]
live in a house [ lìvinəháus ]
live in an apartment [ lìvinənəpɑ́ːtmənt ]



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065.音の脱落

 性質の似た子音が連続して発音されるとき、片方(特に前)の子音が脱落してしまうことがある。ゆっくりと発音しているときには起こらないが、会話など自然なスピードで発音していると頻繁に発生する現象である。単語それぞれの発音を丁寧にしようとするあまり「want to」の「t」を律儀に2回に分けて発音しなくてもかまわない。

 この現象に共通しているのは、「2回にわけて発音しにくい」音の並びになっていること。前の子音を発音する「口の構えだけ」作ったら、その構えのまま次の子音を発音してしまうという流れになっているということである。

 さらに詳しく(より厳密に)言うならば、本当は [ t ][ p ] の連続において、1つが「脱落(消失)しているわけではなく」、「無破裂の子音破裂のある子音連続的に発音されていると言える。すなわち、「want to」の例で言えば、
[ wɑ́nt-thuː ]
と発音されているということだ。「want」の末尾の「t-無破裂の t )は確かに発音されており、舌先が上歯茎に押し付けられて want の発音は完了する。舌先を上歯茎から離さずそのままの状態から to の「 th破裂のある t)」が発音されるため、「聴感上」は2つの t のうち前方のものが脱落したかに聞こえるというのが実際のところである。従って、本当に1つの t を故意に脱落させて発音した場合に比べて(違いは微妙ではあるが)舌先を上歯茎に押し付けホールドしている時間に差がある。
 [ t ] 音が連続する場合だけでなく、[ p ] が連続する場合も理屈はまったく同じである。

  [ θ / ð ] [ s / z / ʃ / ʒ ] などは摩擦音であるが、摩擦音はもともと継続性のある音のため、同じ摩擦音を2つ並べても、どこまでが前の音でどこからが後の音かの区別はまったくつかない。そのため片方が脱落したかのように聞こえるわけである。

同じ音の連続で子音が1つに聞こえる例
(「脱落」現象が起きている箇所の発音を単語では赤字で、発音記号では( )に入れて示す。)
want to [ wɑ́n(t)tuː ]
at two [ ə(t)túː ]
get to [ gé(t)tuː ]
got to [ gɑ́(t)tuː ]
hot tea [ hɑ̀(t)tíː ]
stop playing [ stɑ́(p)pléiiŋ ]
deep purple [ dìː(p)pə́ːpl ]
drop pencils [ drɑ́(p)pénsl ]
black coffee [ blæ̀(k)kɔ̀ːfi ]
book case [ bú(k)kèis ]
take care [ kèi(k)kɛ́ər ]
good day [ gù(d)déi ]
good driver [ gù(d)dráivər ]
red dress [ rè(d)drés ]
red door [ rè(d)dɔ́ːr ]
big game [ bì(g)géim ]
big garden [ bì(g)gɑ́ːdn ]
ice skate [ ái(s)skèit ]
this stone [ ðì(s)stóun ]
with that [ wì(ð)ðǽt ]
brush shoes [ brʌ̀(ʃ)ʃúːz ]
same man [ sèi(m)mǽn ]
some more [ sʌ̀(m)mɔ́ːr ]
cannot [ kə(n)nɑ́t ]
can never [ kə(n)névər ]

性質の似た音の連続がある場合
this ship [ ði(s)ʃíp ]
this shop [ ði(s)ʃɑ́p ]

前の子音の発音の仕方まで少し変わる例---(発音記号としては同じ表現となる)
in the room

[ ìnðərúːm ]
on the table
[ ɔ̀nðətéibl ]

 [ n ]音は本来「舌先を上歯茎に押し付けて」発音されるが、次の th 音が「舌を上下の歯の間に挟む」形を作ることから[ n ]音を出す舌の位置もth へ移行しやすいように変化する。すなわち [ n ] 音を発音する際、すでに舌先が上下の歯の間に挟まれており、その状態で舌の先端よりやや内側を上歯の内側に押し付けることで [ n ] が発音される。


有声音と無声音(あるいは無声音と有声音)で前の子音が脱落する例
hot dog
[ hɑ́(t)dɔ̀g ]
next day
[ nèks(t)déi ]
sit down
[ sì(t)dáun ]

[ t/d ]はまったく同じ口の構えにより発音される「無声音/有声音」のペア。前の無声音を発音しようとする口の構えだけ作ったら、そのまま次の有声音の発音に移行してしまうことから、この現象が起きる。

good teacher
[ gù(d)tíːtʃər ]
hard time
[ hɑ̀ːr(d)táim ]
red table
[ rè(d)téibl ]

 前の単語の末尾にある[ d ]音を無視しているわけではなく(だから注意深く耳を傾けると [ d ]音は完全には脱落していない)あくまでも [ d ] を発音しようとしているのだが、破裂音が2連続するというのは非常に発音しにくいため、[ d ] の口の構え(舌先を上歯茎につける)から次の単語の発音に移ってしまう。


good-bye [ gù(d)bái ]
good boy [ gù(d)bɔ́i ]

 これは完全な脱落ではない。good の語尾[ d ]を発音する口の構えは作られるが、その破裂を起こさないまま次の[ b ]を発音するという要領。[ d ][ b ] がともに破裂音であるため、前の破裂を抑えた方が発音しやすいため、こういう現象が起きる。

語源的には存在した前の子音が複合語となって完全に脱落してしまっている例
(この例はどんなにゆっくり発音しても前の子音は現れてこない)
cupboard [ kʌ́bɔːrd ]
handsome [ hǽnsəm ]



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066.音の同化

 近接した音同士が互いに影響を及ぼして、いずれか片方(あるいは両方)の音の質が変化してしまう現象を「同化」という。

後ろの無声音のため、前の有声音が無声化する例逆行同化

無声化

of course [ əf kɔ́ːrs ]
have to [ hǽf tə ]
has to [ hǽs tə ]
had to [ hǽ(t) tə ]
used to (live) [ júːs tə ]

 「used to」が「かつては~したものだ」という助動詞的に用いられるときは常に used to で上の例のようにで発音するが、「使う」という意味の動詞の受動態と「~するために」の「to do」が組み合わさっている場合は意味の区切りが「used/to do」にあるため、必ずしも同化しない。特にゆっくり発音されると、used で意味の区切りが発生し、続く不定詞(to do「~するために」)の前に軽いポーズが置かれ、used の語尾と to が音声的に完全に切り離されるため同化はまったく起きない。
The computer was used / to create the graphics.
(その画像を作成するために、そのコンピュータが使われた)

 単語としてある「descripton」、「fifth」なども「descrive」、「five」の有声音が、派生のプロセスにおいて -tion, -th の無声音によって逆行同化し無声化したもので、その発音通りに単語がつづられたといえる。

有声化

前の無声音が、あとに続く有声音の影響で変化したもの

north [ nɔ́ːrθ ] - northern [ nɔ́ːrðərn ]
south [ sáuθ ] - southern [ sʌ́ðərn ]
worth [ wɔ́ːrθ ] - worthy [ wɔ́ːrði ]

調音点の類似による同化
grandma [ grǽnmə ]
handkerchief [ hǽŋkərtʃìːf ]
can go [ kəŋ góu ]
come and go [ kʌ̀m əŋ góu ]

 go の「g」へとスムーズに発音が移行しようとすることから無意識に can の語尾が ng 化するものであり、can の発音自体として辞書を引いても [ kəŋ ] というものは出ていない。

 小説のせりふや歌詞など登場人物の発音をそのまま(あるいはそれに近い)表記に表そうとすることもある。
come an' go

進行同化

 用語は覚える必要ない。要するに「無声音、有声音のいずれも声帯の振動の有無をそのまま保った方が発音しやすい」という当然のことを言っているまでだ。
books [ búks ]
helps [ hélps ]
pencils [ pénsilz ]
swims [ swímz ]
laughed [ lǽːft ]
lived [ lívd ]

相互同化

 これは特に早く話すとき起こる現象で、となりあった音が互いに影響して、 どちらの音でもない別の音になって合体するようなもの。2つの音が混じって別の音を作ることから「融合同化」とも言う。
 なおこの融合同化は、単なる1つの傾向性であり、同じ速度で話しても融合同化を起こす人もいれば起こさない人もいる。つまり次のような音声変化は義務ではない。個々の単語の本来の発音をそのまま保って読むこともまったく正しいことである。
miss you [ miʃuː ]
this year [ ðiʃíər ]
advise you [ ədváiʒuː ]
want you [ wɑ́ntʃuː ]
meet you [ míːtʃuː ]
kept you [ képtʃuː ]
did you [ dídʒuː ]
would you [ wúdʒuː ]



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067.その他の現象(1)

アクセントの関係で起こる変化

 強く発音される箇所は個々の音素も明確に発音されるが、アクセントのない音節や、文章・フレーズの中で弱く読む箇所ほど個々の音素も脱落同化を起こしやすくなってくる。
 ポイントは「音声で相手に対してはっきりと意味を伝える」ことであるから、意味の誤解を招いたり、意味が伝わりにくくなるような場合は、そういう現象は起こらない。

Jack and Jill
 これを丁寧にクリアに発音することはまったく正しいことで問題ないが、現実の会話で話すスピードが上がった際など、意味の中心をなす(重要な部分)Jack/Jill がはっきり発音される反面、間の谷間となる and の発音は弱めとなる。
 結果として「and」が [ ən ] [ n ] としか発音されないこともある。(Rock and Rollを実際の発音に即して表記した「Rock'n Rollは、外来語としても「ロックロール」でよく知られた例だろう)

弱形発音

 単語を単独で読んだときと、文章の中に組み込んで発音したときとでは、読み方が変わることも多くある。
 the という単語にしても、単体での発音は [ ðíː ] である。これは強形発音であるが、通常、冠詞は名詞の前に「添えられる」程度で意味に重きが置かれないため、その発音が弱形化し、 [ ði ] となり、さらに弱まると [ ðə ] となる。

 定冠詞 the の発音について、「母音の前では [ ði ] 」、「子音の前では [ ðə ] 」をまるで「決めごと」のように暗記している人がいるが、これとて音声学的現象の1つである。英語では習慣的に「母音の衝突」を嫌う傾向があり、どうしても裂けられないとき(母音の前の the がそう)は、先行する母音がはっきりした音となる。しかし母音衝突がないときは、アクセントのない母音が弱形化し、曖昧母音 [ ə ] となり、さらに極端な場合は母音消滅が起きる。こういう傾向性が the の発音の使い分けに現れているのである。
※ここではこのことについて、これ以上詳しく述べないが、例としてgardenmountain の最後の音節で母音消滅することがよくある。

 「a/an」も同様。「 a ]の単語としての発音は [ ei ] である。それが意味に重きの置かれない冠詞として使われると [ ə ] としか発音されなくなる。

 たとえ冠詞であっても、その用法を前面に出して、意味に重きを置くときは、強形発音となる。
I am talking about A([ ei ]) dog, not THE([ ðíː ]) dog.
(私は一般的な犬のことを話しているのであって、特定の犬について話しているのではない。)
 これは athe を「対照的」に用いており、その用法が持つ意味を強調するため強形の発音がなされる。印刷物でそれをときは、「そこを強く読む」ことを示すため、その箇所だけをボールド(太文字)にしたりするが、手書きの文章では(普通なら小文字でいいところをあえて)大文字で書くことで「音声の大きさ」を伝えたりする。


A : So, you are a slayer?
B : THE slayer.
A : Ah, yeah, you're THE slayer, the only one in a generation.

---これはアメリカのテレビ番組「Buffy the Vampire Slayer」のあるシーンでの会話。スレイヤーというのは「1つの時代に1人だけが選ばれてなる吸血鬼ハンター」のこと。Aが「君はスレイヤーかい?」と聞いたとき、言葉の中に「a slayer」という「 a +普通名詞」が使われていたため、「大勢いる中の1人」の意味を感じ取った主人公(B)が、「この世にただ1人しかいない」の意味をこめて「THE slayer.」と言い直している。その反応に対してAが「ああ、そうだった。スレイヤーは同じ時代に1人しかいないんだったね」と言っている。
 このような場合「 athe か、が大きな問題」であり物事の事実にまで影響する。こういう強調の意味を込めた場合は、子音の前であっても the [ ðíː ] と強意発音される。
 英語ネイティブがちょっとした冠詞の使い分けにも敏感に意味の違いを感じ取っていることをうかがわせる1シーンだ。

thereの発音

 thereが「そこに」という具体的な場所を示すときは [ ðɛ́ər ] と発音されるが、「There is/are ...(~がある/いる)」 の構文では「文頭に置いて事物の存在を漠然と示す副詞」であり、意味的な重要性が軽いため発音も弱形 [ ðər ] となることが多い。

 あらゆる代名詞( I, you, he, she..)には強形弱形の発音があり、その場その場の意味あいによって使い分けられる。要するに「その文章の意味」に応じて、話者の心理(どこに重点を置きたいか)が音声の強弱も左右するということ。「そう読まなければならないから(ルールに従って)そう読んでいる」のではなく「そう読みたいと感じるから、そう発音する」と考えればよい。従って文法事項の理解が進めば、自ずから発音の要領も多分に見えてくる

canの発音に関する注意

 文章で「できる」という意味を強調したいからといって、日本語の発想のまま
I CAN speak English.
can を強く発音してしまうと
I can't speak English.
の意味に聞こえてしまう。否定文で「can't」の [ t ] はもともと聞こえにくく、それが「can't」であることを「 t の音」によるよりも、そこにアクセントがあることで英語話者は感じ取っている。
 「できる」の意味を強調したいときは、助動詞のあとの本動詞を強く発音する
I can SPEAK English.
 もちろん、これは前後関係によって意味が1つではなく、「書けないが話せる」という意味であることもありうる。強調の根拠についての解釈はあくまでも状況に応じてなされる。


Jack and his sister Jill
 これを1語1語クリアに発音することは当然かまわない(それでも常は his sister の間で his[ z ]sister[ s ]逆行同化66.参照>を起こす)。
 文脈的に JillJack の妹であることがすでにわかっており、his sister を強調する必要もないとき、会話のスピードがあがると
[ dʒǽk ən ə sìstər dʒíl ]
and の音素の一部が脱落したり his の子音が脱落したりする。
 JackJill という固有名詞は重要な情報の要であるため、明確に発音されるが、接続詞 and は単なる「つなぎ言葉」であり重きが置かれず、代名詞(の所有格)hisは、前後関係からすでに「 Jack の」という意味が了解されているときは、これも強く読む必要がない。そのためまず、and が弱形となり母音が曖昧母音 [ ə ] になる。次に and の語尾 [ t ] が脱落する。 his については、頭の子音 [ h ] を発音する呼気(吐く息)が弱まると聞こえが極端に下がりついには脱落する。 his 後ろの子音 [ z ] は、つづく sister の最初の子音 [ s ] と同化して消失。結果として [ dʒǽk ən ə sìstər ] という音素が残ることとなる。 [ -k ən ə ]「連結」して発音されるため、全体としては「ジャカナシスタ」という聞こえとなるわけである。

A. Jack and Jill
----------[ dʒǽk æ̀nd dʒíl ]
B. Jack and his sister Jill
----------[ dʒǽk ən ə sìstər dʒíl ]

 は全体として2つの山(意味として重要な JackJill )を感じるように発音され、接続詞 and はアクセントの谷間となるが、も(単語がずいぶん追加されているにもかかわらず)発音のリズム(と全体を発音するのに要する時間)はほぼ同じである。(ただし、このように発音されるのはすでに述べたように、his sister という情報が重要性を持たないときに限られる)    

 難しい言葉でこれを「発音の意味における等時性」というが、簡単にいえば、「大事な部分の数だけ発音の山場ができる」ということ。情報として重要でない箇所、すでにわかり切っている箇所は、軽く速めに発音される傾向がある。
 これは日本語での会話を観察しても似た現象があり、「相手に対して特にはっきりと伝えなければならない言葉(新たな情報、聞きなれない言葉など)」は、その部分をゆっくり明確に発音するが、既知の情報の繰り返しになるような言葉については、たとえその箇所が聞き取れないほどであっても、コミュニケーションには支障をきたさないものである。

 こういうと驚くかも知れないが、実を言うと英語ネイティブ同士の会話では、互いに相手の音声の細やかな部分までを音として完全に聞き取っているわけではない。言葉の一部がほとんど(あるいはまったく)聞こえないままでも、話の流れから「そこにあるはずの言葉」が「聞こえている気がしている」のである。すなわちその言語になれた者にとっては常に「予測をもって相手の言葉を聞く」習慣が身についており、文章全体のリズムからも「現実には耳に入ってきていない単語」を無意識に補いながら相手の言葉に耳を傾けていると言える。

 もう一度音声サンプルを比較して、同じ(Jack and his sister Jill)の発音の違いを聞き比べてみよう。

1、比較的それぞれの単語をはっきりと発音した読み方
2、his sister を周知の情報として、軽く読み流しJack and Jill」と同じリズムに全体を収めた会話的な読み方

 こういう現象は、英文全体をよどみなくスムーズに読め、意味の解釈もすらすらとできるようになるまでは、無理に真似る必要はない。しかし、現実のネイティブ同士のナチュラルスピードの英会話を聞き取る上では、知っておく(そして自分もそう発音しようと思えばできる)必要がある。自分自身が自然にこのような発音ができないのに、聞き取ることは当然困難である。

 あまり難しい音声学用語にしばられる必要はなく、むしろ洋楽を沢山聴いて、自分もそれに合わせて歌えるように練習するとかしていれば、自然に上達するものだ。歌や映画のせりふには、このような音声学的現象が沢山観察できる。難しい理屈はわからなくても、歌や朗読の真似(後で述べるシャドーイングなど)をすることで、個々の音声学的現象を自分でも自然に身につけることができる。(もちろん、理屈としても理解していれば、より納得がいくし好ましいことではある)



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068.その他の現象(2)

俗語的発音・訛り

 アメリカ俗語を中心に見られる傾向として、アクセントのない箇所について顕著な音の脱落が見られることがある。加えて、その結果として変化した「聞こえをそのまま表記する」場合もあり、特に小説の台詞など登場人物の物の言い方をそのまま描写するとき、それが用いられる。

 一部の英語学習者は、そのような俗語あるいは一部地域の訛った英語を使うことが、流暢な英語を上手に話すことだと勘違いしているが、このような特殊な音声学的現象は、あえて真似る必要はなく、本来の正統的なつづりに従って丁寧に発音した方が、どの国へ行っても正しく正確で教養のある英語として受け止めてもらえるものである。

 日本語で「僕の家(うち)」というのを「ぼくんち」と発音することがあるが、これも音声学的現象の1つであり、「boku no uchi」という発音から「の (no)」の母音が脱落し、続く「家(うち)」の「う (u)」の母音もまたアクセントの谷間にうもれて極端に弱くなり、ついには消滅した結果として「bok(u) 'n 'chi」と発音されるようになった。

 概して言えるだが、本来そこにあった音を脱落させる発音というのは、俗語的であったり、無教養な発音であったりする。
 同じ単語であっても、発音の仕方によって丁寧さのレベルが異なる場合があり、「」という文字の読み方として「わたくし」が最もフォーマルに用いられ、「わたし」は俗語ではないが「わたくし」に比べるとフォーマル差の程度が下がり、「あたし」とわ (wa)」の子音が脱落すると、もう公の場面での使用にふさわしくないレベルとなる。(時代劇で庶民の娘などが「あたい」という発音をすることがあるが、これは「あたし (a-ta-shi)」からさらに「し (shi)」の子音が脱落したものである)

 本来の発音がぞんざいになるということは、それだけ言葉の丁寧さが損なわれることに他ならず、そのような訛りは確かに「その言葉を母国語として流暢にあやつる」人ならではのものかも知れないが、外国人として英語を学ぶ者が、そういうことだけを真似るのは感心しない。ただし現実に存在する発音のバリエーションとして知っておくことは、相手の言葉を聞き取る上で大切とは言える。

want to/wanna >2つの の1つが脱落して1つとなり、さらにそれも脱落。
wanted [ wɑ́nid ] >nのあとのtが完全に脱落
going to/gonnagoingng が続く 音と同化し、 音を飲み込んだ状態で「 音」に変異。さらに going の二重母音がぞんざいな単母音に変化。「わたくし」と「あたい」ほどの距離である。

 親しい友人同士のメールの中などならともかく、少なくとも公式文書や学校のレポートで「wanna」や「gonna」などのスペルを使うことは避けなければならない。

 アメリカ英語を中心に見られる現象として、「音」が「音」に近く変異する傾向がある。これは必ずしも無教養な英語ということではないが、あえてそれを真似せず、「音を本来の破裂音として発音」してまったく問題はない。英語の発音に十分慣れ、会話全体のスピードが均等に上がってきたとき、あくまでも「音声学的現象」として無意識にそういう聞こえをもたらすことはある。それはそれでまた結構なことである。

アメリカ英語などで音が変化する例
water >これが「ワラ」と聞こえるのはよく知られた話
better >これもまた「ベラ」と聞こえることがよく知られているだろう
it is >音節末にある破裂の弱いt音が、rに近くなり「イーズ」のような聞こえとなることも多い。
beautiful >アクセントのない-ti-の音節が変異し「ビューフォー」という聞こえをもたらす。
hospital >上記同様にアメリカ英語などで「ハスペー」の聞こえとなる。

 pudding を外来語として「プリン」と表記し、日本語としてそう発音されている。恐らくは、puddig が日本にもたらされた当時、その名前を口にした英語話者の発音を聞こえのまま文字化したのが定着したのであろう。
 有声音音は、無声音音より、さらに破裂が弱いため、アクセントのない音節ではに近く発音される結果となりやすい。

 上手な発音で流暢に英語を話したいという願望は誰にでもある。しかし、経験を積み、耳と舌が十分に慣れてくれば、ここで解説したような音声学的現象は、自然と、半ば無意識に発生する。基本としては何よりも発音記号で示された音素1つ1つをしっかりと丁寧に発音することである。「ある音を出し、ない音を出さない」---これが通じる発音の最大の基本であり、そのように発音された英語はどの国でも理解され、上手で教養ある英語として受け止められる。

※ちなみに [ t ] 音が日本人の耳に「ラ行」子音のように聞こえる現象は、近代アメリカ英語において独自に発達したもので、「t音の有声化」と呼ばれる。 [ t ] が有声化するとは [ d ] になるということであり、前後の母音(=有声音)の影響により声帯の振動を保ったまま [ t ] を発音することで起きる現象といえる。


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