感覚を鍛える学習法とは

 文法事項をルールのように箇条書きにするのは、具体的で捉えやすいのですが、先に述べました「英語文化を脳内に構築する」ためには、そのような知識だけではまだ不足です。

 「同じ言語文化を共有する」からこそ言葉が通じ合うのだということはすでに述べましたが、どうすれば日本人である私たちの中に新たな英語文化を築くことができるのでしょうか。これまで数多くの英語学習関連書籍が出版されてきましたが、あらゆる文法事項をルールのように網羅した書籍はあっても、そういう文法事項を「自分自身の感覚」とするための具体的な訓練方法や指針を示したものは見当たりませんでした。そしてその訓練こそが「英語が使えるようになる」ために最も必要なものなのです。

pic  感覚的なものだけに抽象的でつかみどころがなく、誰もがその解説をためらっていたのかも知れませんが、実を言いますと「英語文化の構築」つまり「英語話者的な言葉の発想を持つこと」は決して抽象的なものではありません。

 詳細については第2章以降で述べることになりますが、ここでは簡単に「言葉が伝わる様子」を時間の経過を追う形で考察してみましょう。


 今ふたりの英語話者が会話をしており、1人が次のように話したとします:

A: I went to a department store to buy a dictionary with my mother yesterday.

 平易な英文ですから中学生の方でも一読して意味が理解できるかとは思います。(「和訳できる」ではありません)

 このAさんが口にした(つまり音声によって伝えられた)英文は、聞き手のBさんにはどのように伝わったのでしょうか。実際の時間の流れを超スローモーションにして、聞き手であるBさんの脳の中に沸き起こる「瞬間瞬間のイメージ」を描写してみましょう。

1、まず「I」という主語が聞こえてくる。
 音声であれば「話者が口にした順序」でしか聞き手の耳には入ってきません。当然ですね。しかしこの「当然のこと」をしっかり踏まえることが英語学習において極めて重大な意味を持ちます。「和訳した最終結果」がどうなるかはまったく考える必要はありません。今は「英語でのコミュニケーション」をしているのですから。

 英語という言語は「最初に主語を、次に結論的な部分となる述語を伝える」という言葉の順序を習慣とします。この基本的な習慣ですら、日本語では「主題+(必要があれば)主語+伝達部+結論」という大きな違いがあります。日本語の構造や文法については今はこれ以上触れません。

pic  「同じ言語文化に属している」ということは「最初に言いたくなる言葉」が「最初に聞きたくなる情報」でもあるのです。ですから聞き手のBさんとしては、Aさんが何かを言い出そうとしたその瞬間から「さて主語は何かな?」という基本的な構えをもって耳を傾けます。その予測通りの情報が入ってくることもあれば、予測が裏切られる場合もあります。

 今は「I」という主語が予測通りに伝えられました。
 その瞬間、聞き手Bさんは「ああ、なるほど」と一旦納得します。

2、その「納得」のすぐ次の瞬間、Bさんの脳裏には「そのI(=Aさん)がどうしたって?」という疑問が沸き起こってきます。
 英語では「主語」のあとには「述語」となる動詞が続く習慣がありますのでBさんとしては「Aさんはきっと何か動詞を言うだろうな」という「予測」を立てます。

3、次に went という述語となる動詞が聞こえてきました。
 これも今回はBさんの予測どおりに進みました。Bさんとしては予測の通りの情報順序なので抵抗なく「I went」のつながりが理解できます。

 「I」だけが聞こえてきたとき「何したの?」という疑問が沸き起こり、その疑問に答えるように「went」という情報が与えられたわけです。聞き手としては「次にこういうタイプの情報が来るのではないかな」という予測があり、Aさんが次の言葉を口にする一瞬前の時点ですでに「どういうタイプの情報」が来るはずという予測をもって構えています。

 このように「通じる会話」というのは、聞き手側の心理として「予測」→「納得」→「疑問」→「新たな予測」というサイクルが瞬間瞬間にめまぐるしく繰り返されています。  同じ言語文化を共有する者同士の場合、「自分ならこういう順序で言葉を発する」という前提に基づいて「相手はこういう順序で言葉を言うだろう」という予測がなされます。だから情報が伝わるのであり、予測が終始裏切られ続けると聞き手としては、連続して飛び込んでくる情報同士の関連が分からなくなります。つまり通じません。文法の基本も身についておらず英語本来の語順がまるででたらめな英文が理解されないのはこのためです。

4、I went に続いては「to a department store」という部分が聞こえてきました。
 この「句」もさらに細かく単語単位に分析して解説することができますが、今は簡単にフレーズ全体で「デパートへ」という意味をまとめて伝えたと考えてください。

 この「to a department store」が聞こえてくる直前、went を聞いた時点で、Bさんは「went?なるほど『どこかに行った』んだな。で、『行った』って『どこへ』??」という疑問を持っています。その疑問は「きっと行き先の情報を次に言うだろうな」という予測となってAさんの次の言葉を待っていたわけです。

 その予測に対して「to a department store」が聞こえてきたことで、Bさんはまた「なるほど。デパートに行ったのか」と納得します。

 この時点で「最低限欲しい情報」は一応与えられたとBさんは感じますが、英語文化の中で長く生活していた経験から、それに続く可能性のある様々な情報タイプをすでに考えています。「いつ行った」と来るかも知れないし、「なぜ行った」とか「どうやって行った」など「デパートへ行った」をもっと詳しく説明する情報が追加されるかも知れない。きっとそうだろう、なぜならば「I went to a department store」まで言ったAさんの声の調子が下がっておらず、言葉がまだ続きますよという雰囲気が伝わってくるからです。

5、すると「to buy a dictionary」というフレーズが現れ、「ああ、なるほど。辞書を買うためか」と納得。
 声の調子からまだ後があることを理解します。「辞書を買いにデパートへ行った」というところまですでにBさんは把握しており、それに「追加」されうる様々な情報タイプに耳を傾ける準備ができています。

6、Aさんの口からは「with my mother」、続いて「yesterday」が聞こえてきました。
 最後の yesterday でAさんの声の調子が下がり「話を言い終えました」という雰囲気がBさんに伝わります。  このように「会話が通じている」ということは話し手と聞き手の間で、共有された習慣によって情報単位が次々と伝達されるということです。「こういう種類の言葉が来るぞ」という「予測」、それが聞こえて来た時点での「納得」、そこまでの納得がもたらす新たな「疑問」、そしてまた「予測」。

 「予測>納得>疑問」という小さな鎖が一瞬の中で連なって情報が伝えられていきます。 最後だけは「納得」で聞き手は終了します。そうでなければ、未解決の疑問を晴らすための質問を逆に返すことになるでしょう。

I went / to a department store / to buy a dictionary / with my mother / yesterday.

 特にどこかを強調するわけでない、単純な情報伝達としてなら「内容語」と呼ばれる具体的な意味を持つ、そして今それを聞かされないとそうであることが分からない新たな情報の箇所が強めに発音されます。同じ英文であっても、どういう前後関係の中でそれが現れたのかによって単語ごとの読まれる強さは様々に変化します(詳細は第2章「発音」で)。

 意味のまとまりのある箇所には、ゆっくり読むほどはっきりとした切れ目が現れます。大衆を前にしたスピーチや会社の上司に対する改まった言葉遣いなどでは、全体のスピードは遅めになり、フレーズごとの区切りもしっかりと置かれますが、会話のスピードが上がるほど、また口調がカジュアルになるほど区切られる箇所は減っていきます。文字に書き表してまったく同じ英文であっても、「誰が、どういう場面で、誰に対して、どういう意図で」それを口にしたかによって、読み方は実に様々に変化します。ですから英文を音読する際、そういう「場面、状況」などを踏まえて「話者の意図、心理」を想像した上で、それに合わせた読み方が音声に反映されなければなりません。

 日本人が英語を学ぶ中で「英語的感覚」を養うには、発音の基本を学んだ上で、「英語文化特有の情報伝達の基本パターン」になじむことです。英語というのは「付け足し、付け足し」の連続で文章が作り上げられる言語であり、話者は最初の言葉を口にする時点で、文章の終わりまで完全な形で何を言うか予定が決まっていないこともよくあります。「とりあえずある情報を伝える」それをあとから補うことのできる情報を言う。さらにそれを補う情報を加える。もう追加する情報がなくなれば話が終わる、という感じです。

 もちろんこれはあくまでも最も典型的な基本パターンでの例ですが、その基本パターンから外れた情報伝達がなされたときは、「その意外性」に由来した言葉の効果が与えられます。

 学習者が英文法を学ぶのは、そういう英語特有の情報順序のパターンを類型化、整理したものを習うことで「自分の中にもどういう言葉の癖」を持てばよいのかを知るためです。つまり「新たに脳内に構築する英語文化」として、「どんな順序で言葉を思い浮かべられるようになればよいか」という基本指針を文法が教えてくれるわけです。

 すなわち英文法をルールとして暗記するのではなく、「新しい言葉の癖を身につけるための方針」として捉えるのです。方針を知ったらあとは簡単な例文を通じて反復練習し、理屈が感覚になるまで訓練します。感覚的に理屈抜きで「自分自身の言葉」という実感を伴って1つの表現を口にしたり聞いて理解できるようになったら、さらに変化をつけて別のパターンに進みます。この積み重ねによって、いつしか自分の脳の中に「日本語とはまた別の言語回路」ができあがっていくのです。

 ここまでの説明でもまだまだピントとこないかも知れません。ここではごく大雑把な「学習の方向性」を理解していただくだけでかまいません。細かいことは今後、第2巻以降の中でその都度また詳しく解説します。今の段階で理解していただきたいのは、「どうやらこの解説書を通じて学ぶのは、単なるルールの羅列ではないようだ。日本人が生まれて何年も経ったあとから、脳の中に『後天的セミ英語ネイティブ』となるような神経回路を作るための訓練があるようだ」ということです。


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